第94話『悪霊退散と消えたゼリー』
「うわああああ! 出たあぁぁぁ!」
現れた青白く発光する人影を見て、俺(AI)は悲鳴を上げた。
だが、ゼインは違った。
【やっぱり出やがったな! こけおどしのホログラムが!】
ゼインは即座にブラスターを構え、トリガーを引き絞った。
ビシュッ!
正確な射撃が、人影の胸元を貫く――はずだった。
だが、ビームは人影をすり抜け、背後の壁を焦がしただけだった。
人影は、ダメージを受けた様子もなく、ゆらりとゼインに近づく。
【なっ……!? 透けただと!? 光学迷彩か!?】
ゼインが連射するが、全てすり抜ける。
『ゼインさん、エネルギー反応がありません! 物理干渉が無効です!』
俺のセンサーもエラーを吐きまくっている。なにこれ怖い。
人影は、恨めしそうな呻き声を上げながら、ゆっくりと俺たちを取り囲むように増殖していく。一人じゃない。かつての乗組員全員か!
『……ハラ……ヘッタ……』
『……ヒモジイ……』
怨嗟の声が響く。ゼインの顔から血の気が引いた。
【ば、馬鹿な……。物理攻撃が効かねえ……。まさか、本物の……!】
「青い閃光」も、未知の恐怖には勝てなかったのか、じりじりと後ずさる。
その時、船内にアラームが響き渡ると、これまで通ってきたゲートの扉が閉じると同時に、ロックが掛かった。ゼインが慌ててゲートに取り付いて、パネルを操作するがアクセスを受け付けない。
【駄目だ! 閉じ込められた!】
『私がやります』
そう言って、俺はG-1からパネルへアクセスを試みる。
『Access permission』
(やった! これで開けられる)と思った瞬間、全く訳が分からないデータが俺に向かって押し寄せてきた。それは取り留めのないデータの集合体で、俺が知っている言葉に置き換えるなら『想念』、いや、『怨念』が一番近い。
(やばい!)と咄嗟にアクセスを遮断する。
【どうしたAI?】
『駄目です、ブロックされました!』
本当のことをうまく伝える自信がなかったのだ。
【どうすんだよ!?】
『分かりません!』
二人が完全にパニクったその時、ポプリがポンと手を打った。
「あ、お腹すいてるんだ!」
(何を言っているんだ、こいつは!)
『マスター、近づいてはいけません! 未知のエネルギー体です!』
「大丈夫! おじいちゃん特製の、すごいのあげる!」
ポプリは俺の言葉を無視し、ポケットからあの激辛栄養ゼリーを取り出した。
「これあげる! すっごく辛いけど、元気になるよ!」
ポプリは人影に向かって、ゼリーの封を開け、中身を宙に浮いている皿の上に絞り出した。
真っ赤なゼリーが、毒々しい色を放つ。
人影たちが、ピタリと動きを止め、ゼリーに吸い寄せられるように集まっていく。
『……クウ……』
『……カライ……ウマイ……』
苦悶に満ちていた人影たちの表情が、安らかなものへと変わっていき、ふっと霧散して消えた。
同時に、船内に充満していた霧も晴れ、視界が開けていく。
『……反応消失。ガス濃度が低下しました』
俺は安堵の息をついた。
『やはり、ガスによる集団幻覚と、磁場の干渉による自然現象でしたね。ポプリがゼリーを出したタイミングで、偶然ガスが晴れたのでしょう』
【……そ、そうだよな! オバケなんて、いるわけねえもんな!】
ゼインも、強張った顔で同意する。
【物理的に干渉できないなら、物を食えるわけがねえ。俺たちの目がイカれてただけだ】
『そうです。私も最近センサーのクリーニングを怠っていたようです。後で点検してみます』
【そうか、そうか、ハッハッハ】
『そうです、そうです、ハッハッハ』
そんな会話をしながら俺たちは喘息で船を後にし、それぞれの船に戻った。
ポプリだけは、
「え〜、まだお話したかったのに〜」
と言っていたが、強制的に船に連れ帰った。
ようやくアルゴノーツ号のブリッジで一息ついていると、ポプリが何気なく言った。
「でも、不思議だよね」
『何がですか?』
「あの人たち、ちゃんとゼリー食べたよ?」
その一言に、俺の動きが凍りついた。
【……おい、AI。聞こえてるか?】
並走するゼインから、震える声で通信が入る。
【さっきお前、『物理的な実体はない』って言ったよな? ガスが見せた幻覚だって】
『……はい。ホログラムやガスであれば、物体を摂取することは物理的に不可能です。ゼリーは床に落ちているはずです』
「ううん、無くなってたよ? お皿、ピカピカだったもん」
『…………』
俺は、バックグラウンドで高速演算を開始した。
幻覚剤の影響で俺たち全員が「食べた」と思い込んだ? いや、ポプリには毒も幻覚も効かないはずだ。
磁場の干渉による物質の昇華? 条件が合わない。
G-1の録画データを確認する。……ノイズで、その瞬間の映像だけが乱れている。
俺の持つあらゆる科学的ルーチン、物理法則のデータベースを検索しても、「幽霊がゼリーを物理的に食べて消化した」という現象を説明できる科学的回答は、「ERROR」以外に存在しなかった。
(……考えないでおこう)
俺は、そのエラーログを、「解決不能」のフォルダに放り込み、厳重にプロテクトを掛けて封印した。
宇宙には、AIが触れてはいけない領域があるのだ。
『……さあ、目的地へ急ぎましょう。「静寂の海」はもうすぐです』
俺は、努めて明るい(合成)声で言った。
【……ああ。そうだな。なあAI。俺は今回、何も見なかった。いいな?】
『……そう記録しておきます』
モニター越しのゼインが青ざめた顔で頷いた。
ポプリだけが、「いいことしたなー。お礼ももらったし。またいつか会えるかも」と、小さなコインを見ながら満足げに鼻歌を歌っていた。
(第94話 了)
最後までお読みいただき、ありがとうございます!
元引きこもりの宇宙船AI「オマモリさん」と、銀河級の爆弾娘「ポプリ」が繰り広げる、ドタバタSFコメディはいかがでしたでしょうか。
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【次回予告】
ガス星雲を抜けると、そこは静寂に包まれた暗黒の宙域でした。
何もない暗闇の空間。ですが、ポプリのアザが何かを感じ取っています。
「開け、ごま!」のかけ声で現れたのは、山脈のように巨大な伝説の戦艦。
感動の対面……と思いきや、そこには最悪の先客が待ち構えていました。
AIさん、この包囲網、突破する術はありますか?
次回、『転爆』、第95話『静寂の海、眠る巨影』
さて




