第93話『戦慄! 霧の彼方のSOS』
海賊「ブラッディ・ホーネット」を撃退し、再び静寂を取り戻した宇宙空間。
だが、アラン中佐から示された座標へのルート上には、厄介な障害物が待ち構えていた。
『マスター、前方に未確認の高濃度ガス星雲が発生しています。センサーの反応が極端に低下しています』
窓の外は、乳白色の霧に覆われ、星の光さえ届かない。
俺のレーダーは真っ白なノイズを表示するばかりで、頼みの綱であるG-1の索敵範囲も著しく狭まっていた。
【おいAI、迂回できねえのか? なんか嫌な感じがするぜ……】
並走するゼインから通信が入る。
『燃料を節約するためには、ここを突っ切るのが最短ルートです。ゼインさん、まさか……怖いのですか?』
【は、はあ!? んなわけあるかよ! 俺は「青い閃光」だぞ! 警戒してるだけだ!】
『……おや?』
その時、濃霧の奥に、ぼんやりとした巨大な影が浮かび上がった。
俺は光学センサーのゲインを上げる。
それは、一隻の古びた宇宙船だった。
今の銀河では見かけない旧式のデザイン。装甲はボロボロに朽ち果て、船体には無数の穴が開いている。エンジンは完全に停止し、慣性だけでこのガスの中を何十年、いや何百年も漂っているようだ。
「わあ! 古いお船!」
ポプリが窓に張り付き、無邪気な声を上げる。
その瞬間だった。
『……タ……ス……ケ……テ……』
ノイズ混じりの、湿り気を帯びたような陰湿な声が、船内のスピーカーから……いや、空間そのものから響いてきた。
『ひいっ!? な、なんですか今の!?』
俺は即座に通信ログを確認する。だが、そこには何も記録されていなかった。
『あ、ありえません! 通信波の受信記録なし! 船外マイクへの音波入力もなし! なのに、音声回路だけが直接振動しました!』
(物理的な信号じゃない……? まるで、システムを無視して直接語りかけてくるような……! セル号?)
さらに、俺のセンサーが異常な数値を弾き出した。
『それに、あの船……熱源反応はゼロなのに、局所的に絶対零度を下回る数値が出ています! 物理的に不可能です!』
「ねえ、オマモリさん」
ポプリが不思議そうに首をかしげた。
「それって……オバケかな?」
その一言が、通信機越しにゼインの耳に入った瞬間。
【は、はあ!? 馬鹿野郎! オバケなんて非科学的なもんいるわけないだろう!】
こころなしか、ゼインの声が裏返っている。
【機械の誤作動か、海賊の電子迷彩に決まってらあ! おい、そこにいるんだろ! 出てこい! 俺のプラズマ・ディスラプターで黒焦げにしてやる!】
だが、返事はない。ただ、不気味な沈黙が漂うだけだ。
「待ってゼイン! 『助けて』って言ってるよ! 行ってみよう!」
ポプリは、怖がるどころか目を輝かせている。
『マスター、危険です! 生体反応はありません! 論理的に考えて、罠の可能性が……』
俺が制止しようとした瞬間、勝手にハッチが開いた。
いや、俺は開けていない! システムログにも開閉記録がない!
「お邪魔しまーす!」
ポプリがエアロックを飛び出し、宇宙遊泳で幽霊船へと向かっていく。
【チッ! あの馬鹿! ……罠だって言ってんだろ!】
ゼインも、「俺が証明してやる!」とブラスターを構え、しぶしぶ後を追う。
俺はG-1を飛ばし、二人を追った。
幽霊船のエアロックは、まるで招き入れるかのように、ギギギ……と錆びた音を立てて開いた。
船内は、地獄のような有様だった。
重力制御が壊れているのか、床と天井がデタラメに入り組み、家具や食器が空中に浮遊している。
壁からは、赤い液体――錆びた冷却水だと信じたい――が、無重力の空間に不気味な球体となって漂っていた。
「くらーい。誰もいないねー?」
ポプリはG-1のライトを頼りに、ズンズンと奥へ進む。
ゼインは青ざめた顔で、ブラスターを構えながら周囲をキョロキョロと警戒している。
【おい、出るなら実体で出ろよ……! ビームで蒸発させてやるからよ……!】
そして、俺たちは船の中枢、食堂エリアとおぼしき広い部屋にたどり着いた。
そこだけ、なぜか空気が淀み、肌を刺すような寒気が漂っていた。
『……マスター。温度が急激に低下しています。ここは何かが……』
俺が言いかけた時、部屋の奥から、ゆらりと「それ」が現れた。
(第93話 了)
最後までお読みいただき、ありがとうございます!
元引きこもりの宇宙船AI「オマモリさん」と、銀河級の爆弾娘「ポプリ」が繰り広げる、ドタバタSFコメディはいかがでしたでしょうか。
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【次回予告】
さて、迷い込んだのは出るに出られない霧の宙域。
謎のSOSに誘われて、飛び込んだ先は朽ち果てた宇宙船。
ゼインは「海賊の罠だ」と息巻きますが、ポプリの一言で事態は急変。
科学で説明できない怪現象に、AIの回路もショート寸前。
AIさん、幽霊の正体、見破れます?
次回、『転爆』、第94話『悪霊退散と消えたゼリー』
うらめしや~




