第9話『腐海の底へ(下水道です)』
「いってきまーす!」
『お待ちくださいマスター!まずは私がドローンで先行し、安全を確保します!最低でも10メートルは間隔を……ああ、もう!』
俺の制止も聞かず、ポプリはひょいと身を躍らせ、梯子を猿のように軽々と降りていく。
俺はため息をつくと、ステルスドローン「G-1」をハッチの隙間から下水道へと潜り込ませた。
ありがたいことに彼女が底に着く頃には追いついたG-1からの映像が届いていた。
送られてきたデータは、赤外線サーマル、音波ソナー、空気成分分析……あらゆるセンサーが、この場所の異常さを伝え、警告していた。
(ああ、これは「エイリアン2」で観たやつだ)
と俺は思った。
下水道の通路は巨大で、天井からは粘液質の液体が滴り落ちている。壁一面には、ポプリが持つ瓶と同じように、不気味に発光する苔やキノコが群生していた。
「わー、綺麗!キラキラ光ってる。不思議〜」
(これは、あれだ、腐海だ王蟲だ、らんらんらららんらんらんだ)
俺はドローンのセンサーで周囲の生命反応を探る。無数の小さな反応……ネズミのような生物か。そして、時折、中規模の反応が壁の向こうを移動していく。
『マスター、壁際から離れてください。3時の方向に未確認の生命反応。おそらく、我々の存在には気づいていません』
「はーい。……ねえ、オマモリさん、この苔、食べられるかな?」
ポプリは壁に生えた、青白く光る苔をちぎろうとしている。
『絶対にやめてください!成分分析……不明なアルカロイド毒素を検出!触るのも危険です!』
「えー、でも甘い匂いがするよ?」
『匂いと安全性は論理的に無関係です!』
俺とポプリがそんな不毛なやり取りをしていると、前方の水たまりが、不自然に盛り上がった。
ぶじゅる、という気色の悪い音を立てて、半透明の緑色のスライム状の生物が姿を現す。大きさは大型犬くらいだ。
(来たか……!)
G-1のデータベースが瞬時に照合を行う。
【名称:スライムハウンド。下水道の腐食液を主食とするアメーバ状生物。強い酸性の粘液を飛ばす】
『マスター、敵性生物です!距離を取ってください!ドローンの電撃パルスで……』
俺が戦術を組み立てるよりも早く、ポプリは「万能ツール」を構えていた。
「わんちゃん?」
スライムハウンドが、口と思われる部分から酸性の粘液をピュッと飛ばす。
ポプリはそれを軽々と横に跳んで避けると、そのまま駆け寄り、
「ごめーんねっ!」
ドゴォッ!
という鈍い音と共に、スライムハウンドの胴体を思いっきり蹴り飛ばした。
スライムハウンドは哀れな悲鳴を上げながら壁に叩きつけられ、緑色のシミとなって動かなくなった。
(……え?……嘘だろ……?)
俺の高性能な戦術予測は、完全に裏切られた。
(なんだ今の加速と威力は……)
ポプリが「ふぅ」と息をついた、その時だった。
グォォォォォォォォォ………
下水道の奥深くから、今の騒ぎを聞きつけたかのように、地響きを伴う、はるかに巨大で、はるかに凶悪な咆哮が響き渡った。
『……今の、聞こえましたか?』
「うん!大きいわんちゃんもいるみたいだね!」
(……やっぱりだめだ、この子)
咆哮を聞きながら俺は心のなかで「AIが絶望する機能」という新しい機能を手に入れていた。
(第9話 了)
最後までお読みいただき、ありがとうございます!
元引きこもりの宇宙船AI「オマモリさん」と、銀河級の爆弾娘「ポプリ」が繰り広げる、ドタバタSFコメディはいかがでしたでしょうか。
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*18日(土)・19日(日)の2日間は1日3回【7:30 12:30 19:00】の予定です。
次回『親玉と無数のナニカ』
ポプリ、卵に向かうが本能か。




