第86話『重力の底でランチタイム』
『マスター、警告です! このエリアの重力係数、急上昇しています。現在4G……5G……さらに上がっています!』
嵐の層を抜けた先に待っていたのは、静寂だが、内臓を押し潰すような重力の檻だった。
ギガント・プライムの核に近いこの宙域は、異常重力によって空間そのものが歪んでいるかのように見える。
アルゴノーツ号の船体が、ミシミシと悲鳴を上げ始めた。ギア爺さんの追加装甲がなければ、とっくに圧壊していただろう。
「んぐぐ……。体が、重いよぉ……」
さすがのポプリも、この高Gには苦しそうだ。シートに沈み込みながら、うめき声を上げている。
『耐えてください。ここは「重力の底」です。ここを通過して上昇気流に乗れば、ゴールは目前です!』
(……と言いたいところだが、目の前の光景は絶望的だ)
俺たちの前方では、先行していたトップ集団が、この高重力下で熾烈なドッグファイトを繰り広げていた。
ミサイルが重力に引かれて不規則な軌道を描き、ビームが空間の歪みで曲がる。予測不能な弾幕の嵐。板野大サーカスだ。
「……ねえ、オマモリさん」
ポプリが、苦しげな声で呼びかけてきた。
『はい、マスター。もう少しの辛抱です』
「……お腹、すいた」
『え?』(いま!? この状況で!?)
俺の論理回路がツッコミを入れる。
『マスター、いまはそれどころでは……』
「ダメ……。お腹すいて、力が出ない……。これじゃ、操縦できないよぉ……」
ポプリの手から、力が抜けていく。操縦桿がふらつき、船体が不安定に揺れ始めた。
(まずい! この高重力下で制御を失えば、墜落してペシャンコだ!)
『わかりました! 許可します! シートの脇にある収納ボックスを開けてください! ギア殿がくれた栄養ゼリーが入っています!』
「えー、あれ美味しくないもん……」
ポプリは文句を言いながらも、震える手でチューブ入りのゼリーを取り出した。
その時、前方で戦っていた重装甲の船が、こちらに気づいた。
【ハッ、新入りか! 動きがトロいぜ! いただくッ!】
敵船が急旋回し、こちらに機首を向ける。
『敵襲! マスター、回避を! ゼリーを食べている場合じゃありません!』
「んぐっ……ちゅるっ……」
ポプリは、俺の警告よりも食欲を優先し、チューブを口にくわえたまま、虚ろな目で操縦桿を握り直した。
(第86話 了)
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元引きこもりの宇宙船AI「オマモリさん」と、銀河級の爆弾娘「ポプリ」が繰り広げる、ドタバタSFコメディはいかがでしたでしょうか。
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【次回予告】
さて、重力の底は地獄の一丁目。船はミシミシ、体はズッシリ。
だというのに、ポプリときたら「お腹すいた」と駄々をこねます。
ミサイル飛び交う戦場で、栄養ゼリーをちゅるり。
敵も呆れるランチタイムですが、満腹のポプリを侮ってはいけません。
AIさん、エネルギー充填完了のマスターと、ここから逆転できますか?
次回、『転爆』、第87話『3分間クッキング(敵船の)』
さて




