第81話『老兵の休日と、覚醒への「鍵」』
「やれやれ。朝から騒々しい」 ドクター・ギアは、息一つ切らさずにモンキーレンチを肩に担ぐと、俺とポプリに向き直った。ガレージの床には、強盗たちの痕跡だけが残されている。
『ドクター・ギア。お見事でした……と言いたいところですが、マスターには休息が必要です』
俺は、緊張が解けてへたり込んでいるポプリを指さした。
『徹夜の特訓、予選、そして今の戦闘。彼女のバイタルは限界です』
「ふむ。違いない」
ギアは頷くと、冷蔵庫から禍々しいほど真っ赤なゼリーのチューブを数本取り出し、ポプリに放ってよこした。
「ほら、嬢ちゃん。わし特製の栄養剤じゃ。食え」
「えー、ゼリー? 私、ラーメンが食べたいのにぃ……」
ポプリは文句を言いつつも、空腹には勝てずにチューブにかぶりついた。 ちゅるっ、と一口啜った瞬間、彼女の翠色の瞳がカッと見開かれた。
「んんーっ!辛い!辛いけど……これ、脳に直撃する味がするよ! 体がポカポカして、力が湧いてくる!」
『(……やはり、この子の味覚はどうなっているんだ?)』
俺が呆れている間に、ポプリはあっという間に激辛ゼリーを完食してしまった。
「美味しかった!……でも、やっぱり口直しにラーメンも食べたい!」
「カッカッカ! 貪欲じゃのう。良いじゃろう、AI、作ってやれ」
ギアの許可を得て、俺はファブリケーターを起動し、特製マシマシラーメンを出力した。 ポプリは至福の表情でそれを平らげると、満腹感と激辛成分の作用か、泥のように深い眠りへと落ちていった。
静寂が戻ったガレージで、ギアは椅子に深く沈み込み、俺(G-1)をじっと見据えた。
「……さて、AIよ。お前さんは、なぜわしが船を直す条件に、あのレースでの優勝を提示したか、わかっているか?」
『……わかりません。マスターの操縦技術を試したい、あるいは、単なるあなたの美学かと』 俺は正直に答えた。
「フン」
ギアは鼻で笑うと、ポプリが眠る横に置かれた鞄――中には残りの黄金の卵が入っている――を一瞥した。
「わしが直すのは、アルゴノーツ号ではない。お前たちが命懸けでここまで来た理由……ポプリ嬢ちゃんの一族の船のことじゃ」
老人は椅子から立ち上がり、作業台の奥にある、埃を被った古いパネルを操作した。 空中に、ポプリが旅の最初に俺に見せた、壊れた船の設計図のホログラムが浮かび上がる。
「この船は……ただの機械の塊ではない。高度な自律思考AIを搭載した、『心』を持つ船じゃよ。……お前さんと同じようにな」
『……!』 (心を持つ船……? それが、ポプリの一族の船の正体……)
「わしは、こいつの設計思想を知っておる。こいつは、ひどく繊細で、そして乗り手と深くリンクする。今の故障は、単なるパーツの破損ではない。『心』が閉じて、眠りについてしまった状態なんじゃ」
ギアは、眠るポプリに優しい視線を向けた。 「あの子はそれを本能で感じ取っておる。だからこそ、『直す』のではなく『目覚めさせる』ことができる職人を探していたんじゃろう」
『……なるほど。それで、レースなのですか』
「そうじゃ。眠りについた船を呼び戻すには、呼びかける側に強烈な『生体エネルギー』と、揺るぎない『意志』が必要じゃ。ポプリ嬢ちゃんが、あのデスレースを生き抜き、真のパイロットとして覚醒した時……その魂の輝きこそが、修理のための最高の点火プラグ(スパーク)になる」
老人は、ラーメンの残り香が漂うガレージを見回した。 「明後日、本戦じゃ。それまでに、お前さんも自身の『中身』を整理しておけよ。あの光の剣……あれを制御するのは、お前さんの役目じゃからな」
老人はそう言うと、手元のコンソールを操作し、アルゴノーツ号の調整データを俺に転送した。
【リミッター解除率:15%(安定領域)】
「今の状態なら、通常の3倍の出力は出るはずじゃ。……制御できれば、な」
彼はニヤリと笑い、再び目を閉じた。
「生き残れよ、ポンコツ共」
(……心、か) 俺は、ポプリの寝顔を見つめた。 彼女の「一族の船を直したい」という願いは、単なる修理依頼ではなく、大切な「友達」を救いたいという祈りだったのだ。
こうして、俺たちの休息時間は、核心に迫る重い問いかけと共に、静かに過ぎていった。
(第81話 了)
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元引きこもりの宇宙船AI「オマモリさん」と、銀河級の爆弾娘「ポプリ」が繰り広げる、ドタバタSFコメディはいかがでしたでしょうか。
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【次回予告】
さて、壊れた船は「心」を閉ざしている。それを目覚めさせるには、ポプリ自身の覚醒が必要だとドクター・ギアは言います 。 重い課題を背負わされましたが、まずは目の前のレースです! 魔改造されたアルゴノーツ号、その真価を試す時が来ましたよ。 さてAI、リミッター解除率15%の「怪物」の手綱、ちゃんと握っていられますか?
次回、『転爆』、第82話『リミッター解除率15%の世界』
さて




