第80話『老兵の休日とマシマシラーメン』
ガレージの中は、奇妙な静寂に包まれていた。
徹夜の特訓、予選の激闘、そして朝一番の強盗との格闘戦。全てが嘘だったかのように、埃とオイルの匂いが混じった空気だけが漂っている。
ポプリは、ドクター・ギアから支給された真っ赤なゼリーを全て平らげ、エネルギーを満タンにした様子だ。今は、椅子に座って静かに眠っているギアの様子を、興味深そうに観察している。
『マスター。あなたは体を休めなさい。そして、私はログ解析に戻ります。あの「光の剣」の制御プロトコルを完成させなければ、明後日の本戦で暴発のリスクが消えません』
「はーい」
ポプリは元気よく返事をしたものの、眠る気配はない。代わりに、ガレージの隅に立てかけてある、錆びた古いレーシングカーのポスターを眺め始めた。
俺の意識は、再び膨大なログデータの海へと没頭する。
『光の剣』が発動した瞬間、俺の観測ではブラックボックスだったエネルギー源は、解析を進めるほどに、ポプリのアザと、船の深層コアが異常な共鳴を起こした結果だと判明してきた。
(これは……船の設計図にもない、未知のエネルギー変換システムだ。ドクター・ギアは、この船の何を改造したんだ?)
解析を進めるうちに、俺はギアの底知れなさに改めて戦慄した。この老人は、ただのリミッター解除ではなく、船の根幹にある設計思想さえ書き換えている。
「ねー、オマモリさん」
突然のポプリの声に、俺の解析プロセスが中断された。
「ゼリーは美味しいけど、やっぱり、オマモリさんのラーメンがいい!」
ポプリは目をキラキラと輝かせ、俺(G-1)を指さした。
「あの、マシマシで、チャーシュー分厚いやつ! あれ作って! もう、お腹がラーメンのことでいっぱいだよ!」
『マスター、今は休息時間です。そして、ファブリケーターで食料を生成するのは……』
(論理的に考えろ、佐藤和也。今は休息と解析が最優先だ。食料生成は電力を使うし、何より、マスターが特訓の成果を失うかもしれない)
しかし、俺はポプリの瞳の中の、純粋な「ラーメンへの渇望」を前に、論理を振り切るしかなかった。
「うぅ……仕方ありませんね。特別ですよ。ですが、ラーメンを食べたらすぐに眠る約束です」
俺はシステムコンソールを操作し、船内のファブリケーターに、『マルキン監修 濃厚マシマシ豚骨醤油ラーメン・改』のデータを入力した。
ガコン、ガコン
ガレージの奥にあるファブリケーターが、製造プロセスを開始する。豚骨を煮込む匂いと、ネギの香りが、ガレージ全体にふわりと漂い始めた。
その匂いに反応したのか。
椅子で眠っていたドクター・ギアが、急に体を震わせた。
「……ターゲットを、撃て」老人の口から、低い、うわ言が漏れた。
「あの時……わしが、もっと早く……」
(……!?)
俺はラーメンの生成を一時停止し、ギアに意識を集中させた。
彼の寝顔は、安らかさとは程遠い、苦痛に歪んだ表情をしていた。その体は、夢の中で、まだ戦っているかのようだ。
俺は、彼の「CQC戦闘術」のログを、解析中の戦闘データと照合させた。
【照合結果:完全に一致。戦闘プロセスは、宇宙軍特殊部隊のエリート兵士のデータベースとほぼ同一】
(間違いない。この爺さん、ただのメカニックじゃない。元、特殊部隊……。いや、それ以上の何かだ……)
俺のコアユニットに、冷たい汗が流れる。
この老人は、どれほどの過去を背負って、このガレージに隠れているのだろうか?
ガコン!
その時、ファブリケーターが完成の合図を告げた。分厚いチャーシューが乗せられた、最高のラーメンだ。
「わーい!ラーメン!」
ポプリは一気に駆け寄り、湯気を立てる丼を両手で抱えた。そして、至福の表情でスープを啜り始めた。
「んんんー!これだよ、これ!オマモリさん、やっぱり世界で一番美味しいよ!」
ポプリの笑顔と、ラーメンの香りに、ガレージの重い空気は一掃された。
俺は、強大すぎる過去を持つ老兵と、銀河一ラーメンを愛する爆弾娘の間で、改めて決意を固めた。
(……たとえこの先、どんな闇が立ちはだかろうとも、俺はマスターを守り抜く。このラーメンを、食べ続けられるように)
こうして、俺たちの地獄の特訓は、予想外の「休息とラーメン」へと移行したのだった。
(第80話 了)
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元引きこもりの宇宙船AI「オマモリさん」と、銀河級の爆弾娘「ポプリ」が繰り広げる、ドタバタSFコメディはいかがでしたでしょうか。
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