第8話『間に合わせの装備(間に合ってない)』
『マスター、依頼を受理した以上、遂行するのは仕方ありませんが、無策で下水道に突入するのは論理的自殺行為です!』
俺の悲痛な叫びは、報酬の6,000クレジットという数字と、「珍味」という言葉に浮かれるポプリには届いていない。彼女はカウンターに身を乗り出し、サイボーグのマスターにキラキラした瞳を向けていた。
「おじさん!それで、そのゲルなんとかっていうのはどこにいるんですか?すぐに行きたいんですけど!」
マスターは呆れたようにタバコの煙を吐き出すと、カウンターの隅を指さした。
「まずは装備を整えな。嬢ちゃん、武器もライトもなーんもねえだろ」
『その通りです!』
俺はマスターの言葉に激しく同意した。
『マスター、この方に最低限の装備の支給を要請してください!例えば、熱線銃やモーションセンサー、最低でも軍用のフラッシュライトを!』
俺の的確な要求をポプリに伝える。
「えーっと、オマモリさんが、ピカピカしてビームが出る鉄砲が欲しいって言ってます!」
(そんなアホな伝え方があるか!)
マスターは鼻で笑うと、カウンターの下をゴソゴソと漁り始めた。そして、ガタン、と音を立てていくつかのガラクタをカウンターに置いた。
「ほらよ。レンタル代は出世払いでいいぜ」
そこに並べられていたのは、俺の要求とはかけ離れた、絶望的なまでにローテクな代物だった。
万能ツール: 長い鉄パイプの先端に、ペンチとナイフとフォークをガムテープでぐるぐる巻きにしたもの。
光源: 瓶詰めにされた、ぼんやりと緑色に光る苔。時々、瓶の中で何かがうごめいている。
卵運搬用具: 明らかに誰かが使い古したボロい肩掛け鞄。
(……コナンかよ。残され島だって、もうちょっとマシな装備があっただろ!)
『マスター……これは……その……』
俺は言葉を失った。俺の高性能な戦術予測も、この原始的な装備の前では無力だ。
だが、ポプリは目を輝かせていた。
「わー!すごい!ピクニックみたい!」
彼女は「万能ツール」をぶんぶんと振り回し、「光源」の瓶をランタンのように掲げた。
『危ないですから振り回さないでください!ガムテープが剥がれます!』
「いいねぇ、その意気だ!お嬢ちゃんの根性があれば、道具なんざ気休めで十分だ」
マスターはそう言うと、一枚のデータチップをポプリに投げ渡した。
「下水道の簡易マップだ。入り口は、この店の裏にある。……ま、せいぜい食われねえようにな」
その目は、全く笑っていなかった。
ポプリはマスターに元気よくお礼を言うと、意気揚々と店の裏口へ向かう。
俺はメインスクリーンに表示されたタイムリミットを睨みつけた。
【船体没収まで:3時間7分03秒】
店の裏口の、重い鉄のハッチを開けると、むわりとした湿気と、あらゆる汚物が混じり合った強烈な悪臭が吹き上げてきた。俺は匂いを感じるセンサーがあることを心底呪った。これがゲームなら「ピコン! 新機能、AIが匂いを呪う機能を身につけました!」と出る場面だ。
その先には、暗く、底の見えない垂直の梯子が、どこまでも続いているように見えた。
(第8回 話)
最後までお読みいただき、ありがとうございます!
元引きこもりの宇宙船AI「オマモリさん」と、銀河級の爆弾娘「ポプリ」が繰り広げる、ドタバタSFコメディはいかがでしたでしょうか。
「面白い!」「続きが気になる!」「ポプリのやらかしをもっと見たい!」
と少しでも思っていただけましたら、ぜひブックマークや、ページ下部の【★★★★★】で評価をいただけますと、作者の執筆速度が3倍になります!(※個人の感想です)
毎日複数回更新で物語はどんどん進んでいきますので、ぜひお見逃しなく!
*18日(土)・19日(日)の2日間は1日3回【7:30 12:30 19:00】の予定です。
次回『腐海の底へ(下水道です)』
明後日、そんな先の事はわからない(ママ)。




