第79話:『忍び寄る影と老兵の休日』
「んんーっ!辛い!これ、脳に直撃する味がするよ!体がポカポカどころか、ヒリヒリ燃えてる!もっと食べたい!」
ポプリは、ドクター・ギアから支給された禍々しいほど真っ赤な激辛栄養ゼリーを一気に啜り終えた。その瞳は、徹夜の疲れも嘘のように消え去り、熱を帯びている。
『マスター。その栄養剤は、あなたの体とアルゴノーツ号の同調率を上げるためのものです。無駄に食べ散らかさないでください』 俺はG-1を通して、周囲の警戒を続けながら、疲労と安堵の混じった声を送った。
ドクター・ギアは、作業台に向かい、アルゴノーツ号の深層制御プロトコルに最後の調整を加えている。その背中からは、徹夜明けとは思えない、鬼気迫る職人のオーラが放たれていた。
「ねえ、オマモリさん。おじいさんに渡さなかった卵、まだ大丈夫かな?」 ポプリは、ふと思い出したように、足元に置いていた鞄を開けた。 中には、黄金色に輝く8個の卵が、静かに眠っている。
「やっぱり綺麗だよね。これ、本当に船が買えるくらいのお宝なんだって?」 彼女は卵の一つを手に取り、ガレージの薄明かりにかざした。卵は、その熱を内包しているかのように妖しく発光している。
『マスター、しまってください! ギア殿も言っていたでしょう、人に見せてはいけないと!』 俺が注意を促そうとした、まさにその時だった。
G-1の外部センサーが、ガレージの外、路地の陰に潜む複数の熱源を感知した。 (ヒューマノイド、4体。武装の影あり。明確な殺意と敵意を検出)
俺は警戒レベルを引き上げ、敵の会話音声を傍受した。
「……おい、間違いないのか?」 「ああ。昨日の市場で、ゲテモノを生食いしてたあのガキだ。レースの賞金どころじゃねぇ。奴らが持ってる『光る卵』は、ブラックマーケットじゃ、一個で城が建つってよ」
(……!! 強盗だ! 昨日の騒ぎを嗅ぎつけてきたハイエナどもだ!)
『ドクター! 敵襲です! ガレージの外に4名、武装しています! 狙いはマスターと、彼女が持っている卵です!』 俺は最大音量で警告を発した。
ギアは、作業の手を止めず、背中を向けたまま言った。 「……チッ。朝っぱらから、ゴキブリ共が湧きおって。わしの神聖な職場を汚すとはな」
ガガガガッ! 入り口のシャッターが、外からのバーナーで焼き切られた。
ドカッ!
という音と共に、薄汚い武装をした4人の男たちが雪崩れ込んできた。
「へへへ、見つけたぜ! お宝持ちの嬢ちゃん!その光る玉を渡しな!」
『マスター、下がってください! G-1、迎撃態勢!』
「なんだぁ、この爺さんは。邪魔だ、どけ!」 男の一人が、威嚇のためにブラスターをギアに向けた。
「……遅い」
ギアの姿が、ブレた。 次の瞬間、老人はブラスターを構えた男の懐に、まるで弾丸のように飛び込んでいた。
ゴガッ!
鈍い音が響き、男がくの字に折れ曲がって吹き飛ぶ。 ギアが振り抜いた巨大なモンキーレンチが、正確に男の鳩尾を捉えていたのだ。
(……強いなんてもんじゃない。あの動き、現役の宇宙軍特殊部隊クラスだぞ……) 俺は、またしてもこの老人の底知れなさに戦慄していた。
レンチが関節を砕き、スパナが武器を弾き飛ばす。 ガレージの中にあるガラクタや工具の全てが、ギアの手にかかると凶器に変わった。 彼は、自分の庭の地形を完全に把握しており、侵入者たちを翻弄し、一方的に蹂躙していく。
わずか数十秒。 ギアは男たちの懐を探り、彼らが持っていた武器やクレジットチップを全て没収すると、開いたシャッターの外へ、ゴミ袋のように一人ずつ放り投げた。
「二度と来るな。次はリサイクル炉行きじゃぞ」 シャッターを閉め、鍵を閉める。
老人は息一つ切らさずにモンキーレンチを肩に担ぐと、俺とポプリに向き直った。 「やれやれ。朝から騒々しい。AIよ、お前さんはログ解析を続けろ。わしは少し眠る」
「わーい!また赤いゼリーだ!」 ポプリは、あの激辛ゼリーを一気に啜り、エネルギーをチャージし始めた。
こうして、地獄の徹夜特訓を終えた二人に、ようやく束の間の休息が訪れたのだった。
(第79話 了)
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元引きこもりの宇宙船AI「オマモリさん」と、銀河級の爆弾娘「ポプリ」が繰り広げる、ドタバタSFコメディはいかがでしたでしょうか。
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【次回予告】
ドクター・ギアは、モンキーレンチ一本で武装強盗を瞬殺!
その動きは、とても偏屈な老人とは思えません。
襲撃を切り抜けた二人には、ついに待ちに待った休息日が訪れます。
AIは疲労困憊のポプリを癒やすために、あの絶品ラーメンを無事作ってあげられますか?
次回、『転爆』、第80話『老兵の休日とマシマシラーメン』
さて




