第78話『不眠不休のガレージ作業(ブラックです)』
「というわけで、今から本戦に向けての特訓&再調整じゃ!」
ピット・シティのドックからガレージに帰還した直後、ドクター・ギアが高らかに宣言した。
その言葉は、予選通過の安堵に浸っていた俺たちを、冷ややかな現実へと引き戻すのに十分な威力を持っていた。
『と、特訓ですか……? 今から?』
俺はG-1のスピーカーを通して、恐る恐る聞き返した。現在の時刻は深夜を回っている。予選での激闘、そしてマフィアとの遭遇を経て、船もパイロット(ポプリ)も、そしてAIである俺も、本来ならオーバーホールと休息が必要な時間帯だ。
「当たり前じゃ! 予選はマグレと相手の自滅で通過できたが、明後日の本戦はわけが違うぞ」
老人は作業台の上のホログラム――アルゴノーツ号の解析データを指さして、厳しい表情で言った。
「特に、最後の一撃……あの『光の剣』じゃ。わしは確かにリミッターを外してコアと直結させたが、あそこまでの出力が出るとは計算外じゃ。 あれは一体、何がトリガーになった?」
『……分かりません。私が意図したものではありませんでした。ポプリの生体バイタルが急上昇した瞬間、船の深層領域から未知のエネルギーが逆流し、工業用レーザーポインターを触媒にして放出されたのです』
俺は正直に答えた。嘘をついても、この天才メカニックの目は誤魔化せないだろう。
「ふむ……。やはりな。船の『リミッター』……その向こう側にあるナニカが、嬢ちゃんに反応したか」
ギアは顎の髭を撫でながら、ニヤリと笑った。
「面白い。だが、制御できん力は自滅を招く。AI、お前さんはさっきの『レーザー攻撃』のログを徹底的に解析しろ。あのエネルギーがどこから来て、どう回路を走り、どう変換されたのか。そのプロセスを解析し、制御プロトコルを構築するんじゃ」
『解析……ですか。正直、あの現象はブラックボックスだらけで……』
俺が弱音を吐こうとすると、ギアは一喝した。
「やるんじゃ! お前さんがやらなきゃ、次は暴発して嬢ちゃんごと消し飛ぶぞ!」
『……了解しました。やります。やってみせます!』
(やるしかない。AIとなって強化された俺の引きこもりスキル【ネット特定班能力】を見せてやる!)
「よし。で、ポプリ、お前さんはこっちじゃ」
ギアはポプリを手招きし、ガレージの奥にある、埃をかぶった奇妙な装置を指さした。
それは、旧式のコックピットを模したシミュレーターのようだったが、配線が剥き出しで、怪しげな電極がいくつもぶら下がっている。
「お前さんの反射神経は素晴らしい。だが、船との同調が雑すぎる。力任せに振り回すのではなく、船と対話し、一体になる感覚を掴むんじゃ。あのアザが光った時の感覚……それを自由に引き出せるようになれ」
「えー……」
ポプリは露骨に嫌そうな顔をした。
「私、お腹すいたー。眠いー。ラーメン食べたい! あのゼインさんとの勝負の後、何も食べてないんだよ?」
彼女はその場にへたり込み、駄々をこね始めた。
「甘ったれるな! 飯は特訓の後じゃ!」
ギアは容赦なく、ポプリの襟首を掴んでシミュレーターのシートに放り込んだ。
「いいか、このシミュレーターは、わしが昔使っていた特製品じゃ。お前さんの脳波と筋肉の動きをダイレクトに読み取り、仮想空間での挙動に反映させる。集中力が切れれば、電気ショックが飛ぶからそのつもりでな」
「ええっ!? 電気ショック!?」
『ドクター、それは流石に虐待では……』
「死にはせん! ほら、スタートじゃ!」
ギアがスイッチを入れると、シミュレーターが低く唸りを上げ、ポプリの悲鳴と共に激しく揺れ始めた。
「きゃあああ! なにこれ、速いー! 目が回るー!」
「集中しろ! 敵のミサイルが来るぞ! 回避じゃ!」
俺は、G-1のカメラでその様子を見守りながら、自身は膨大なログデータの海へとダイブした。
そこからの時間は、まさに地獄だった。
俺は意味不明な古代言語で記述されたエラーログと格闘し、ポプリはシミュレーターの中で何度も撃墜され、時には微弱な電流に「痛っ!」と声を上げながらも、持ち前の負けん気で食らいついていた。
数時間が経過した頃。
ガレージの窓から、薄っすらと青白い光が差し込み始めていた。ピット・シティの人工的な夜明けだ。
「……よし、そこまで」
ギアがシミュレーターを停止させた。
「はぁ……はぁ……。もう、だめぇ……」
ポプリは、汗だくになってシートに沈み込んでいる。だが、その瞳には確かな光が宿っていた。
「ふん、まあまあのデータが取れたわい。AI、そっちはどうじゃ?」
『……解析完了率、15%。ですが、エネルギーの逆流経路の特定と、緊急遮断プロトコルの構築には成功しました。これで、暴発のリスクは最小限に抑えられます』
俺もまた、プロセッサの温度を危険域まで上昇させながら、成果を報告した。
「上出来じゃ。これなら、本戦でも戦えるじゃろう」
老人は満足げに頷くと、ガレージの隅にある冷蔵庫を指さした。
「休憩じゃ。そこにある栄養ゼリーでも食え」
「えー、ゼリー? ラーメンがいいのにぃ……」 ポプリは文句を言いながらも、フラフラと冷蔵庫へ向かった。
「文句を言うな。食え。 さもないと、次の特訓は電気椅子から再開じゃぞ」
ポプリは仕方なさそうに、渋々、チューブのキャップを開けて一口啜る。その翠色の瞳をカッと見開いた。
「んんーっ!辛い!これ、脳に直撃する味がするよ!体がポカポカどころか、ヒリヒリ燃えてる!もっと食べたい!」
(一体どんな味なんだ!? 体が燃やすような栄養剤なんて……。ででも、たしかに彼女のバイタルサインは、急激に回復している……!)
ギアは、ポプリの様子を満足そうに眺め、ケケケ、と笑った。
「よかろう。休憩が終わったら、すぐにお前さんの船の最終調整に取り掛かるぞ。食うのも、立派な『特訓』じゃぞ」
こうして、地獄の徹夜特訓は一区切りついた。だが、俺たちの休息は、長くは続かなかった。
(第78話 了)
最後までお読みいただき、ありがとうございます!
元引きこもりの宇宙船AI「オマモリさん」と、銀河級の爆弾娘「ポプリ」が繰り広げる、ドタバタSFコメディはいかがでしたでしょうか。
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【次回予告】
地獄の徹夜特訓を終え、やっと一息ついたポプリとAI。
ですが、ポプリの持つ「黄金の卵」を嗅ぎつけて、朝っぱらからゴキブリがガレージに湧いてきます。
ところがドクター・ギアは工具を手に「掃除」を始めまるようす。
この爺さん、本当にただのメカニックですか?
次回、『転爆』、第79話『忍び寄る影と、光る卵』
さて




