第70話『スタート!地獄のバトルロイヤル』
ピット・シティの巨大な発着ドックに、けたたましいブザーが鳴り響いた。 いよいよ、予選第一ヒートのスタート時刻だ。
『マスター、発進シークエンスに入ります。メインスラスター、点火』
俺たちの「アルゴノーツ号」は、指定された待機ドックを離れ、ステーションの中枢を貫く巨大なトンネルへと滑り出した。 その先にあるのは、この小惑星基地の「口」とも言うべき、メイン・カタパルトデッキだった。
そこは、宇宙軍の清潔なドックとは対極の、混沌とした空間だった。 全長1キロはあろうかという広大な発着場に、予選第一ヒートに出走する30隻以上の改造船が、ひしめき合うように集結している。 床はオイルと冷却水で汚れ、甲高い排気音と、怒号のようなエンジン音が反響し、俺の音響センサーを振り切らせそうだ。
その光景は異様だった。 スタートラインに並ぶのは、全長20メートルほどの小型戦闘機のような船や、F1マシンに巨大なスラスターを括り付けたような、全長40メートルにも満たない小型レーサーばかりだ。しかもそのほとんどが、重装甲で固めた戦車のような船や見るからに痛そうなトゲだらけの船など、どれもこれも『北斗の拳』か『マッドマックス』的な、ヒャッハー感が満載の殺る気満々な船ばかりだ。
その中に、一隻だけ。全長100メートル の、まるで大型輸送機かフリゲート艦のような巨体……俺たちのアルゴノーツ号が、場違いに鎮座している。
(……まずい。めちゃくちゃ浮いている……!F1のレースに、ミニバンで参戦してるようなもんじゃないか、これ!?)
周囲のレーサーたちからも、嘲笑と好奇の視線が突き刺さる。
「おい、見ろよ、あのデカブツ!」
「輸送船が間違えて紛れ込んだのか?」
「あれでアステロイド・キャニオンを抜けられるとでも思ってんのかね?」
(……ダメだ。一晩中シミュレーションを繰り返したが、どう計算しても、この巨体で、あの小型艇どもと同じ機動ができるはずがない。5分以上生き残る確率は2%を切っている……!) 俺は、AIなので眠れない体質を呪いながら、最悪の未来予測に打ちひしがれていた。
『マスター、ブリーフィングの最終確認です!』
俺は、メインスクリーンに、先ほどドクター・ギアに叩き込まれたばかりのコースデータを立体表示させた。
『予選コース、コードネーム「デビルズ・ジョー(悪魔の顎)」。全長3,000キロの超高速周回コースです』
俺は、隣でワクワクした顔で操縦桿を握るポプリに、最後の指示を送った。
『第一セクターは、スタート直後の「オープンスペース(混戦宙域)です。映像で見た通り 、ここでまず半数が潰し合いで脱落します。続く第二セクターは、「アステロイド・キャニオン」。小惑星同士の狭い隙間を縫って進む、最難関のセクションです。少しでもアステロイドに接触すれば、我々の「間に合わせ装甲」 では一発で行動不能になります。そして最終セクターは、過去のレースの残骸が漂う「シップ・グレイブヤード(船の墓場)」。障害物と機雷が無数に設置された、本当の地獄です』
俺は、意を決してポプリに進言した。
『コースシミュレーションの結果、生存確率が最も高いのは、スタート直後に最後尾まで後退し、先行する連中が潰し合うのを待つ「漁夫の利」ルートです。絶対に前に出てはいけません』
「えー? や〜だ! レースは一番じゃなきゃ!」
『(だからこの子は……!)違います、これはレースではなくサバイバルです! 我々の目的はあくまで無事に予選を突破して、本線でドクター・ギアに実力を示すことです。無謀な戦闘は避けます』
前方には、昨日出会ったライバル、ゼインの青い船「ブルーフラッシュ号」が見える。コクピットの彼がこちらに気づき、片手を上げるのが見えた。
その時、ステーション全体にカウントダウンの合成音声が響き渡った。
【エネルギーシールド、解除まで10秒】 【3……2……1……GO!!】
轟音と共に、前方のシールドが消え、宇宙空間が剥き出しになる! 約30隻の船が一斉にフルスロットルで加速した! 凄まじいGが船体を襲う!
「いっくよー!」
ポプリは、俺の指示など最初から聞いていなかったかのように、ドクター・ギアに改造された高出力スラスターを一気に吹かせた!
『マスター、前に出すぎです。減速してください!』
アルゴノーツ号は、その見た目に反した鋭い加速力で、集団の中央へと躍り出た。 だが、それこそが、ハイエナたちの格好の的だった。
俺たちのすぐ右舷を走っていた、無数のトゲで武装した海賊船が、いきなり船体側面のハッチを開き、銛のようなものをこちらに射出してきた!
【ヒャッハー!まずはあのノーマル船からだァ!】
『右舷、実体弾接近。マスター、回避! スラスターを左に!』
「えいっ!」
ポプリの目が、獲物を捉える獣のように細められる。 彼女の人間離れした反射神経 が、ドクター・ギアによってピーキーに調整された操縦桿と直結した。 アルゴノーツ号は、まるで戦闘機のように、ありえない角度で急ロールし、迫りくる銛を紙一重で回避した!
(……やった!……いや、怖すぎるだろ、この子(の操縦)!)
回避した銛は、狙いを外し、アルゴノーツ号の左舷にいた別の船の側面に突き刺さり、そのまま二隻まとめてコース外の岩壁に激突、火の玉となった。
『……今の、見てましたか? これがアステロイド・ラリーです!』
俺が警告した、まさにその時。 最初の難関である、第二セクター「アステロイド・キャニオン」の入り口が、目の前に迫っていた。
『第一ゲート、接近! コースが狭くなります。……まずい、後方からミサイル反応、多数!』
スクリーンには、後続の船団から放たれた、十数本のミサイルが、一直線にこちらに向かってくる映像が映し出されていた。
「わー!いっぱい来たー!」
『(だから言ったのにぃぃぃ!)』
(第70話 了)
最後までお読みいただき、ありがとうございます!
「やっぱりそろそろライバル登場でしょう」というわけでゼインです。レースの展開に絡む重要人物だと思うのですが、まだなにをするのかは私も分かりません。
あと、誰も何もいわないのですが、次回予告が今回から変わります。さて。
「面白い!」「続きが気になる!」「ポプリのやらかしをもっと見たい!」
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【次回予告】
AIの作戦を無視して 集団のど真ん中に飛び出したポプリですが、
案の定、トンネルの前でミサイルの雨に狙われてしまいました。
爺さん(ギア)自慢の「工業用レーザーポインター」 が火を噴くのか。
この絶体絶命のピンチ、どうやって切り抜けますか?
次回、『転爆』、第71話『アステロイド・ダンシング』
さて




