第7話『激辛スープと金色の卵』
酒場の視線が一身に集まる中、ポプリは全く物怖じしていなかった。彼女はカウンターまでまっすぐ歩いていくと、サイボーグの老人(もしくは老人風のサイボーグ)――店のマスターであろう男の前に立ち、にこりと笑った。
「こんにちは!お仕事を探しに来ました!」
そのあまりにも場違いで、あまりにも屈託のない言葉に、店のならず者たちの間に、一瞬の沈黙と、それに続くクスクスという嘲笑が広がった。
マスターは顔の傷をピクリと動かし、呆れたようにため息をついた。
「仕事だぁ?誰に聞いたのか知らねぇが、ここにはミルクの匂いがするガキにやれる仕事なんざ、ここにはねえよ。とっとと帰りな」
思わず俺は(おお、999で聞くようなセリフを生で聞けるとは!)と思っていた。俺も大概の馬鹿だ。
「でも、お金がなくって困ってるんです!6,000クレジット、稼がないといけなくって」
ポプリがそう言った瞬間、店の嘲笑がさらに大きくなる。「6,000だとよ!」「宝くじでも当てる気か!」「嬢ちゃん、体で払うかい?」などと、下品なヤジが飛ぶ。
『マスター、挑発に乗ってはいけません。冷静に……』
状況を思い出した俺が警告を送るが、マスターはジロリとポプリを見つめた。
「……6,000ねぇ。威勢だけはいいようだが、お前さんに何ができる?」
「えーっと……いっぱい食べられます!」
ポプリが胸を張ってそう言うと、店は今日一番の爆笑に包まれた。
だが、マスターだけは笑っていなかった。彼はカウンターの隅に貼られた、汚れたメニューを無言で指さした。
そこには【赤い彗星チャレンジ:シェフの気まぐれ激辛スープを完食すれば、賞金1,000クレジット&仕事の斡旋】と書かれていた。
(……赤い彗星?通常の三倍辛いとか、そういうやつか?)
「そいつを食えたら、考えてやってもいい」
マスターの言葉に、店が再びざわめく。「おい、マジかよ親父」「あれはギヴォア星人でもギブアップしたんだぞ」「また死人が出るぜ」……。
「うん、やる!」
ポプリの明るい声が、カイジ的にざわざわしていた店内に大きく響いた。
数分後、ポプリの前に運ばれてきたのは、鉄製のドンブリの中でマグマのように煮えたぎる、真っ赤なスープだった。
マスターはドンブリを置くと、
「5分以内に食わないと、ドンブリが辛さに耐えられず底に穴が開く。その時はペナルティーで5,000クレジットだ」
と言った。
(な!?)
と思い、抗議のメッセージを送ろうとしたが、カメラに映ったはドンブリの中にを見て絶句した。それは料理と呼べる代物ではなかった。
真っ赤な液体の表面には、親指ほどの大きさの泡が絶えず生まれ、まるで溜息をつくかのように「ぷすぅ…」と消えていく。そして、地獄の池の中央にはサソリのような形をした、限りなく赤い唐辛子に似た香辛料の塊が鎮座している。俺はその物体にG-1のカメラを最大までズームして戦慄した。ちょうどサソリの目にあたる部分が、まるで複眼のように鈍い光を宿し、ポプリの動きに合わせて動いたのだ。さらにスープの中には白い◯虫のようにも見える極小の粒――おそらくは唐辛子の種子だろう、というかそうであって欲しい――が、高熱による対流に乗って蠢き、沈む時に(チチッ)と小さな音を出して底の方に消えていく。
(……なんだこれは……Bloodborneのボスが具材なのか?)
もうそれ以上見たくはなかった。俺の論理回路が、目の前の光景を「食品」として認識することを拒否する。これはドンブリの中に再現された地獄だ。
『マスター、絶対に食べてはいけません!生命が危険です!これは命令です!』
俺はAIとして、マスターの生命を保護する最優先プロトコルに基づき、強い口調で指示を送った。
しかし、ポプリは目の前の「赤い彗星」を見て、うっとりとした表情を浮かべていた。
「わー……!すっごく、すっごく美味しそう!」
彼女は俺の制止を完全に無視し、レンゲを手に取ると、躊躇なく真っ赤なスープを口に運んだ。
店内の全員が固唾を飲んで見守る。
ごくり。
「……うん!おいしーい!」
ポプリは満面の笑みを浮かべると、まるで普通のスープを飲むかのように、次々と「赤い彗星」を胃に収めていく。あまりの光景に、あれだけ騒がしかったならず者たちが、水を打ったように静まり返っていた。その中に、ポプリのスープを啜る音と、時折なにかを噛み砕く音がやけに大きく聞こえた。
(……なんだこいつ。計算上ではこのコロニーの全人口を1週間はトイレに籠もらせるレベルの激辛成分が濃縮されているはずなのに……。化物なのか、白い悪魔か!?奴だガンダムだ!)
3分12秒後、ポプリは最後の一滴までスープを飲み干し、ぷはーっと満足げに息をついた。
店のマスターは、タバコを落としそうになるほど目を見開き、やがてニヤリと口角を上げた。
「……気に入った。お前さん、面白いな」
マスターはカウンターの下から、一枚のデータチップを取り出した。
「ちょうどいい仕事がある。誰もやりたがらねえ、クソみてえな仕事がな」
彼はそう言うと、依頼内容を語り始めた。
「このコロニーの下水道にはな、『ゲルグニョール』って名前の、デカいナメクジみてえな害獣が住み着いてる。そいつは猛毒持ちで厄介なんだが、そいつが産む金色の卵は、一部の美食家の間でとんでもない高値で取引される珍味でな」
マスターの珍味という単語に、ポプリはゴクリと喉を鳴らした。
「依頼内容は、そのゲルグニョールの卵を1個、採取してくること。報酬は、成功すれば6,000クレジットだ」
俺はすぐにデータベースを探ると、すぐに長々した詳細なデータが表示され、最後に「猛毒、超危険!!」と書かれていた。
『猛毒です!珍味であることより、猛毒であることが重要ですマスター!』
俺の悲痛な叫びは、ポプリの輝く瞳の前では無力だった。
「やります!私、やります!」
そう言うとマスターが差し出したタブレットに指で、「ポプリ♡」とサインした。
「よし、これで契約終了だ。嬢ちゃん、頑張んな」
「うん、頑張る!」
タイムリミットまで、残り3時間と11分18秒。
こうして俺の警告を完全に無視して、最初の仕事が決まった。
それは、猛毒生物が巣食う、コロニーの最も暗い場所への片道切符だった。
俺は初めて「K.I.T.T.」の気持ちが分かった。
(第7話 了)
最後までお読みいただき、ありがとうございます!
元引きこもりの宇宙船AI「オマモリさん」と、銀河級の爆弾娘「ポプリ」が繰り広げる、ドタバタSFコメディはいかがでしたでしょうか。
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公開初日はスタートダッシュ期間として、複数回更新で物語はどんどん進んでいきますので、ぜひお見逃しなく!
公開初日の2回目の更新では6話から7話まで公開します! 次回更新は【19:00】です。
次回『間に合わせの装備(間に合ってない)』
飲み屋の下水には死の臭い。




