第69話『出撃前夜(ぜんぜん眠れないAI)』
(……最悪の脅威を恐れていたのに、別のベクトルでとんでもなく目立ってしまった……。しかも、爽やかなライバルまで登場とか、一体どんな少年漫画だよ、この展開は!?)
俺の論理回路が、レース本番の前に新たな悩みを抱え込んでいた。
『マスター、もう十分です。野次馬がさらに集まってきます!今すぐ船に戻ってください!』
俺はG-1のスピーカーから警告音を鳴らし、ようやく地獄鍋から意識を引き離した。
「あ、そっか。オマモリさんが呼んでる! じゃあね、おじさん!」
ポプリは、すっかり感心した様子の屋台の主人に手を振ると、俺のナビゲーションに従い、人混みをかき分けてドックへと駆け出した。
数分後、アルゴノーツ号のハッチが閉まり、外の喧騒が遮断される。
俺は即座に船内の全システムをロックダウンした。
「はぁー、美味しかったー! あの地獄鍋、毎日でも食べたいね!」
ポプリは、満足げにお腹をさすっている。
『……マスター。あなたは、ご自分が何をしたか理解していますか?』
俺は、疲れ切った声で尋ねた。
「え? ゼインさんと勝負して、勝ったよ!」
『それだけではありません!』
俺はメインスクリーンに、G-1が録画していた映像を映し出した。そこには、ポプリが毒のあるグローワームを生食する姿と、それを無数の情報端末で録画する野次馬たちの姿が映っていた。
『あなたは、この無法地帯のど真ん中で、「私は毒が効かない特異体質です」と全世界に公表したのと同じです!』
「えー、でも平気だったもん」
『そういう問題ではありません! その情報が拡散されれば、我々はスラン商人(奴隷商人)や違法な研究者に狙われます!そして何より……!』
俺は、最も恐れている可能性を口にした。
『……もし、この情報がクリムゾン・サーペントの耳に入ったら……我々の居場所が特定されるのも時間の問題です!』
俺の必死の訴えに、さすがのポプリも少しだけ青ざめたようだった。
だが、すぐにいつもの笑顔に戻った。
「大丈夫だよ! だって、明日のレースで優勝すればいいんでしょ?」
『……は?』
「レースで優勝すれば、ドクター・ギアも一族の船を直してくれるかもしれないし、そうしたら、こんな危ない場所、すぐにバイバイできるよ!」
彼女は、どこまでもポジティブだった。
(……そうか。そうだな。この子の言う通りだ)
俺の論理回路が、一つの結論に達する。
(この街で目立ってしまった以上、もはや隠れることに意味はない。最速で目的を果たし、この宙域から離脱する! それが唯一の正解だ!)
『……わかりました。明日のレース、何としてでも勝ちますよ』
俺は覚悟を決め、メインスクリーンを予選コースのマップに切り替えた。
『マスター。明日の予選に備えて、今のうちに休息を取ってください』
「はーい!」
ポプリはブリッジの床で毛布にくるまると、ものの3分で、すうすうと幸せそうな寝息を立て始めた。
(……信じられん)
俺は、AIなので眠ることはできない。
一晩中、生まれ変わったアルゴノーツ号の最終チェックと、明日走るデスレースのコースシミュレーションを、ただひたすら、何千回、何万回と繰り返していた。
嵐のようなレースの前夜は、こうして、俺のプロセッサのうなり声だけを伴って、更けていくのだった。
(第69話 了)
最後までお読みいただき、ありがとうございます!
AIなんだから寝れなくても問題ないだろうとは思いますが、そこはオマモリさん。筆者もポプリのポジティブシンキングを学びたいところです。ちなみに現時点でストックゼロです。
「面白い!」「続きが気になる!」「ポプリのやらかしをもっと見たい!」
と少しでも思っていただけましたら、ぜひブックマークや、ページ下部の【★★★★★】で評価をいただけますと、作者の執筆速度が3倍になります!(※個人の感想です)
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【次回予告】
アステロイド・ラリーの予選が始まりました。
AIは「後ろでじっとしていよう」なんて安全策を考えましたが 、
マスターのポプリは「レースは一番じゃなきゃ!」と、やっぱり言うことを聞きません 。
おかげでいきなり銛を撃ち込まれたり 、ミサイルの雨が降ってきたり 、もう大変。
AIさん、無事にこのトンネルを抜けられますか?
次回、『転爆』、第71話『アステロイド・ダンシング』
さて




