第65話『亡者たちの市場』
『マスター、危険です、 絶対に無茶はしないでください!』
俺は、ポプリがピット・シティの喧騒に消えていくのを、G-1のカメラ映像で見送りながら、必死に警告を送った。
「だいじょーぶ、だいじょーぶ!すぐそこだから!」
ポプリはグルメガイドを片手に物凄いスピードで走っていく。俺がモニターしている彼女の視界は、すでに目の前の屋台の群れに釘付けだ。
(あいかわらず人の話を聞かない子だな……)
ポプリが向かったのは、「ピット・マーケット」と呼ばれる、ステーションの巨大な空洞を利用した市場だった。月並みな言い方だがそこは、カオスそのものだった。
水槽の中では、六本足のカエルが蛍光色に光り、檻の中では、毛むくじゃらの芋虫が丸々と太っている。大鍋では、何かの内臓らしきものが紫色のソースで煮込まれていた。
(……ひどい。アステリア・バザールの闇市よりひどいぞ、ここのゲテモノは……)
『マスター、あー衛生観念というものが……。データベース照合、あの青いキノコは強い幻覚作用があります。絶対に触れないでください!』
「わー! こっちの、ピカピカ光る幼虫、美味しそう!」
ポプリは、俺の警告を完全に無視し、周りの屋台に比べてもずば抜けて悪趣味な色とネオンで飾られた屋台に吸い寄せられた。なんだろう、二日酔いのゴジラの吐いた◯ロに、炒めたツインテールを雑にトッピングしたような感じの店だ。
店先には親指ほどの大きさの、七色に発光する幼虫が、箱の中でうごめいていた。
屋台の店主――目が四つある昆虫型宇宙人――が、複眼をギョロリと動かしてポプリを見た。
「お嬢ちゃん、目がいいね。そいつは『グローワーム』。ピリッとしてクリーミー、最高の酒の肴さ。一箱100クレジットでどうだい?」
『マスター、やめてください。それは食用ではありません! データベースによれば、強い神経毒を持つ寄生虫の幼虫です!』
「えー、でも美味しそう!……はい、100クレジット!」
ポプリは、ドクター・ギアにもらった「お駄賃」(クレジットチップ)から、言われた通りの金額を支払った。
店主はチップを受け取ると、ニヤリと笑った。
「へい、毎度あり。……だがお嬢ちゃん、そいつは生で食うんじゃないぞ? ちゃんと焼かないと、毒で腹の中で……」
店主の警告が終わる前に、ポプリはさっそく箱から光る幼虫を一匹つまみ上げると、無邪気にそれを口に放り込んだ。
「んー! おいひー!」
「なっ!?」
店主の四つの目が、信じられないものを見るかのように、ポプリに釘付けになった。
「お、おい! ねーちゃん! あんた、いま生のグローワームを食ったのか!?」
「うん!おいし~い!」
元気に答えるポプリを、店主が四つの眼をランダムにパチクリさせながら見ている。完全にドン引きだ。
店主の驚愕の声をきっかけに、周囲の客たちもポプリの行動に気づき、ざわめきが広がった。
「いま、あの子、グローワームを生で……?」
「マジかよ、普通死ぬぞ……」
「いや……なんか平気な顔してるぞ!?」
興味深い見世物を見つけたように、徐々に人だかりができていく。その中でご機嫌な様子のポプリは箱から次つにグローワームをつまみ出し、(ひょいぱく、ひょいぱく)と口に放り込んでいる。そのうちにギャラリーの何人かが、情報端末を取り出し、ポプリの姿を録画し始めた。
(……まずい、 目立ちすぎだ!)
俺のG-1のカメラが、録画している連中の、値踏みをするような視線を捉える。
(この無法地帯で「毒が効かない特異体質」を公表するのは、砂漠の真ん中で金塊を振り回すのと同じだ。いやそれよりも……、この情報が拡散されて、この街に潜んでいるクリムゾン・サーペントの一味の耳に入ったら……!)
俺の論理回路が、最悪の未来を予測し警報を鳴らす。
『マスター、今すぐ船に戻ってください! 全速力で!』
「えー、なんでー? まだお腹いっぱいじゃないよー」
俺の悲痛な叫びは、ポプリの食欲の前ではあまりにも無力だった。
(第65話 了)
最後までお読みいただき、ありがとうございます!
元引きこもりの宇宙船AI「オマモリさん」と、銀河級の爆弾娘「ポプリ」が繰り広げる、ドタバタSFコメディはいかがでしたでしょうか。
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【次回予告】
Exposed! Danger!
猛毒のグローワームを生食! しかも平気な顔だと!? 録画されてるぞ!
その情報がクリムゾン・サーペントに渡ったらどうするんだ!
なのにこいつまだ食う気か!? 俺の警告を聞けぇぇぇ!
次回、『転爆』、第66話『地獄鍋と青い閃光』
絶対に、連れ戻す!やってやるぜ!




