第64話『嵐の前の静けさ(と腹ペコ)』
技術検査を(ギリギリで)パスした俺たちは、アルゴノーツ号を指定された予選待機用のドックへと移動させた。 ドックは既に、明日からのレースに参加するであろう、様々な形状の改造船でごった返していた。ドクロのマークを描いた海賊船、流線型の最新鋭レーサー、重装甲で固めた戦車のような船……。そのどれもが、俺たちの「間に合わせ改造」アルゴノーツ号とは比較にならない、歴戦のオーラを放っている 。
(……勝てるのか、本当に……?) 俺の論理回路が、再び悲観的な予測を弾き出し始める。
ドックに船を固定し、エンジンを停止させる。 あの超突貫改造と、検査場までの全力疾走で、せっかく補給してもらったエネルギーと燃料をいくらか消費してしまった。
俺は船のステータスを再確認する。 【ENERGY LEVEL: 92%】 【PROPULSION FUEL: 97%】
(どうやらエネルギーは大丈夫そうだな。とはいえ明日のレースは、どんなトラブルがあるか分からない)
『マスター。明日の予選に備えて、今のうちに休息を取りましょう。船内システムを最低限に移行します』
「はーい……。ねえ、オマモリさん」 ポプリが、待ってましたとばかりに、こちらを振り向いた。
『何でしょう?』
「あのね……お腹、すいちゃった……!」
彼女は、そう言って自分のお腹をさすっている。確かに超突貫改造の手伝いも、相当体力を消耗したはずだ。
『了解しました!』 俺は、ファブリケーターを起動させた。有機物ストックは100%だ 。
『マスター、ディナーを準備します。本日は特製マシマシ豚骨醤油ラーメン・改はいかがですか?ご要望とあれば、チャーシューも厚切りに……』
「ううん、そうじゃないの!」
『は?』
「あのね……」 ポプリはそう言うと、どこからか取り出した、薄汚れたデータパッドを俺のカメラに見せつけてきた。
「これ見て!さっき街を探検した時に見つけた『ピット・シティ グルメガイド』!」
(いつの間にそんなものを……!)
ポプリは、目を輝かせながら、そのガイドの一番上を指さした。ご丁寧に赤丸付きだ。
「これ! これ食べたい! 『マグマ・クラーケンの灼熱煮込み』! 辛さレベルMAXだって! 明日のレースの前の景気づけだよ!」
『却下します!』 俺は即座にデータベースを検索し、警告を発した。 『データベース照合、その料理を食べた生体の90%が病院送りになっています。うち5%が重篤症状に陥っています』
「大丈夫、大丈夫! 私、辛いの平気だもん!」
『マスター、それでなくとも外は危険です! レース前夜で、ならず者たちが最も殺気立っている時間です。わざわざ危険を冒してまで、そんな生物兵器のようなものを食べに行く必要は一切ありません。船なら安全ですし、私が作った美味しいラーメンが食べられます!』
「やだ! ラーメンはもう飽きた!私は地獄鍋が食べたいの!」
ポプリはそう言うと、ハッチへと向かった。
『お待ちください! そもそもマスターはお金をお持ちなんですか?』
「大丈夫! おじいさんから『お駄賃』もらっちゃったから!」
彼女はポケットから、キラリと光る数枚のクレジットチップ(おそらくギアがパズルを解いた褒美か、助手代として渡したもの)を取り出して見せた。
『なっ!? いつの間に……! ですがマスター、それは!』
「それに、何かあったら、オマモリさんが助けてくれるでしょ?」
その、絶対的な信頼を込めた笑顔に、俺は何も言い返せなかった。
プシュー
ハッチが開き、ポプリは再び、ピット・シティの喧騒の中へと、食料を求めて飛び出していった。
俺の論理回路が、ポプリの無防備な行動が引き起こすあらゆる最悪の事態をシミュレートし、オーバーヒートしそうになっていた。
嵐のようなレースの前夜は、どうやら静かには過ごせそうになかった。
(第64話 了)
最後までお読みいただき、ありがとうございます!
元引きこもりの宇宙船AI「オマモリさん」と、銀河級の爆弾娘「ポプリ」が繰り広げる、ドタバタSFコメディはいかがでしたでしょうか。
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【次回予告】
Exposed! Danger!
猛毒のグローワームを生食! しかも平気な顔だと!? 録画されてるぞ!
そんな映像がクリムゾン・サーペントに渡ったらどうするんだ!
なのにまだ食う気か、この爆弾娘は! 俺の警告を聞けぇぇぇ!
次回、『転爆』、第65話『亡者たちの市場』
絶対に、連れ戻す!やってやるぜ!




