第60話『明かされた名と、新たな試練』
「『ドクター・ギア』……とな」
老人は、こともなげにそう名乗った。
その瞬間、俺の論理回路に、歓喜と、それ以上の困惑が駆け巡った。
(ドクター・ギア……!やはり、この爺さんが……!見つけた!ついに見つけたぞ! だが、なぜ……?なぜ宇宙軍すら掴めなかった伝説のメカニックが、こんな場所に……?そして、なぜ俺たちの前に姿を現し、こんな試練を……?)
ポプリも、目を丸くして老人を見上げていた。
「あなたが……あなたが、宇宙職人さん……!?」
老人は、ふん、と鼻を鳴らした。
「『宇宙職人』なぞという大層な名前は好かんが……まあ、世間ではそう呼ばれておる時期もあったやもしれんな」
彼は、あっさりとそれを認めた。
『では……!』
俺は、期待を込めて言葉を続けた。
『では、マスターの一族の船の修理を……!』
「待て待て、話が早いわい、AIよ。焦るな」
ドクター・ギアは、俺の言葉を手で制した。
「わしが『ドクター・ギア』であることと、お前さんたちの願いを聞き入れるかどうかは、別の話じゃ」
『……!』
「えっ、でも、パズルは解きましたよ!?」
ポプリが慌てて抗議する。
「ああ、解いた。見事にな。特に嬢ちゃん……お前さんがあのアザを使ってキューブを開いたのには驚いたわい。お前さんたちに、何らかの『資格』があることは認めよう」
ギアは、ポプリの胸元のアザに、再び意味深な視線を向けた。
『ならば、教えてください!なぜマスターのアザが鍵に? あのハートの紋章は一体……!?』
俺は、先ほどの疑問を再びぶつけた。
「それも、まだ早い」
ギアは首を横に振った。
「その答えも、わしが本気で力を貸すかどうかも……全ては、お前さんたちがこれから示す覚悟次第じゃ」
彼は、俺(G-1)とポプリを交互に見据え、新たな、そして最終的な条件を提示した。
「わしは約束通り、そのアルゴノーツ号を改造してやろう。わしの持つ最高の技術でな。だが、それはあくまでレースのためじゃ」
「レース……?」
「そうじゃ。わしがお前さんたちを完全に認め、その『本当の願い』……一族の船の修理とやらを引き受けるかどうか。そして、アザの秘密について語るかどうか。それは……」
ギアは、ニヤリと笑った。
「お前さんたちが、このわしが改造したアルゴノーツ号で、あのアステロイド・ラリーに出て、優勝してみせた時じゃ」
『……! やはり、レースに……』
「わしは、中途半端な奴と、才能のない奴には力を貸さん主義でな。あの船……アルゴノーツは、ただの乗り手では扱いきれん代物じゃ。お前さんたちが、本当にその船のマスターたる資格があるのかどうか……レースの結果で示してもらおうじゃないか」
それは、アラン中佐が提示した任務と同じ結論だった。だが、その意味合いは全く違う。宇宙軍の命令ではなく、この偏屈な天才を認めさせ、彼の「本気」を引き出すための、唯一の道。
『……わかりました。やりましょう』
俺は、覚悟を決めて答えた。
「うん! やる!」
ポプリも力強く頷く。
「カッカッカ!威勢がいいのう!」
ギアは満足そうに笑うと、現実的な問題に話を戻した。
「……で、改造費はどうするんじゃ? わしの技術は無料ではないぞ。わしは今さら金が必要な身ではないが、何事もただというのはいかん。言うだろう? 『ただより高いものはない』と」
もっともな話だ。しかし、現実的に俺たちには金はなかった。宇宙軍からもらった5000クレジットはレースのエントリーフィーで3000を失い、残りはわずか2000。こんなもので、伝説のメカニックが動くはずもない。あるのは……あの卵だけだ……。どうするか……。
俺が答えに窮していると、ポプリが、何かを決意したように、鞄の中から金色の卵を一つ取り出した。
『マスター!?』
「お金はないけど、これならどうですか!?」 ポプリは、その卵を、老人の目の前に、ドンと突きつけた。
老人の目が、再び、カッと見開かれた。
「……そ、それは……! まさか、ゲルグニョールの……!?」
彼は震える手で卵を受け取ると、食い入るように見つめ、そして、叫んだ。
「……バカモン! こんな貴重なものを! どこで手に入れたんじゃ!?」
彼は卵を光にかざし、その輝きと状態を確かめるように、慎重に観察している。
「下水道で! 大きいナメクジをやっつけて!」
ポプリは得意げに胸を張る。
老人は信じられないものを見る目でポプリを見返し、そして、恐る恐る尋ねた。
「……ま、まさか……まだあるのか?」
『マスター! 答えてはいけません! 絶対に!』 俺は必死にインカムで警告を送る。
だが、ポプリは俺の警告など全く聞こえていないかのように、元気よく答えた。
「うん!あと8個、鞄の中にあるよ!」
老人は、その言葉に絶句した。 彼は天を仰ぎ、深いため息をつくと、まるで世界で最も愚かな生き物を見るかのような目で、ポプリを見た。
「………………」
長い、長い沈黙の後、老人は、絞り出すような声で言った。
「……嬢ちゃん。そしてAIよ。その卵……絶対に、誰にも見せるな。そして、決して手放すな」
『え……?』
「それは……お前さんたちが思っているような、ただの珍味の類いではない。下手をすれば、この星系の運命すら左右しかねん代物じゃ……。いいか、それは大事にしておけ。わかったな?」
老人の声には、先ほどまでのふざけた響きはなく、真剣な、そしてどこか切実な響きがあった。
彼は、手の中にある一つの卵をじっと見つめると、それを懐にしまい込んだ。
「……よかろう。この一つで、対価としては十分すぎるわい。その船の改造、引き受けてやる」
予想外の展開に、俺の論理回路は再び混乱していた。
(……一つだけでいいのか? なぜ?そして、この卵は、一体……?)
老人の言葉は、新たな、そしてより深い謎を、俺たちに突きつけていた。
(第60話 了)
最後までお読みいただき、ありがとうございます!
元引きこもりの宇宙船AI「オマモリさん」と、銀河級の爆弾娘「ポプリ」が繰り広げる、ドタバタSFコメディはいかがでしたでしょうか。
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【次回予告】
RUSH! MODIFY!
残り2時間半! 爺さん(ギア)は「秘蔵のパーツ」を総動員!? AI(俺)もポプリも強制参加だと!?
上等だ! 地獄の超突貫魔改造、乗り切ってやるぜ!
次回、『転爆』、第61話『徹夜必至!地獄の(?)魔改造』
やってやるぜ!




