第55話『老人の試練』
「……嬢ちゃん。この船……どこで手に入れた?」
老人の声のトーンが、明らかに変わった。それは、さっきまでの面倒くさいガキをあしらう声ではなく、未知の機械を見つけた、老獪な技術者の声だった。
(食いついた……!やはり、この船は普通じゃない……!)
俺は即座に、当たり障りのない回答をポプリに送る。
『マスター、「古い遺跡で見つけた」とだけ答えてください!余計な情報は与えないように!』
「えっとね、古いお船がいっぱいある場所で見つけました!」
老人は、その答えに満足したのか、あるいは最初から答えなど期待していなかったのか、ふむ、と顎の無精髭を撫でた。彼は、浮かび上がったアルゴノーツ号のホログラムの周りを、まるで鑑定士のようにゆっくりと歩き回り、時折、感嘆とも呆れともつかない溜息を漏らした。
「……信じられん。この船体に使われている合金……現行のどの規格にも当てはまらん。自己修復機能まで有しておるのか……?推進器のベクトル制御も独特じゃ。まるで……生き物のように動くことを前提とした設計思想……」
彼はぶつぶつと独り言を呟きながら、再びポプリに向き直った。今度は、先ほどのような侮蔑の色はない。むしろ、値踏みするような、試すような視線だ。
「嬢ちゃん。お前さん、この船を本当に『自分のもの』だと言えるのか?ただの拾い物じゃないのか?」
「もちろんです! オマモリさんが、私をマスターだって!」
ポプリは胸を張って答える。
『マスター! 余計なことを!』
(俺の名前までバラすな!)
「……オマモリ?AIか。ふん、そのAIとやらは、船のシステムにどの程度アクセスできる?例えば……この船の『真のドライブコア』を起動できるのか?」
老人は、試すような目でポプリを見た。
(真のドライブコア……? なんだそれは、初耳だぞ!? 俺のシステムメニューのどこにもそんな項目はないぞ!? 隠しコマンドか!?)
俺の論理回路が、未知の単語に混乱する。
ポプリも、きょとんとした顔で首をかしげた。
「しんのどらいぶこあ……?」
老人は、その反応を見て、やはりな、という顔でため息をついた。
「……話にならん。その船は、お前さんには過ぎた代物じゃ。その様子ではAIですらコアにアクセスできんとらんのだろう。それに、ラリーに出るための改造だと?この船の構造を理解せずに下手にいじれば、ただの爆弾になるだけじゃぞ」
彼は再びガラクタの山に向き直り、作業に戻ろうとした。
「帰れ。時間の無駄じゃ」
「待ってください!」
ポプリは再び叫んだ。
「お願いです!どうしても、レースに勝たないといけないんです!」
老人は、今度は振り返らずに、背中を向けたまま言った。
「理由を聞こうか。さっき言っていた『宇宙職人』とやらに会って、一体どうするつもりじゃ?」
ポプリは、まっすぐに老人の背中に向かって訴えた。
「みんなの船を直してもらうんです!私の一族の船が壊れて、みんな困ってるんです!だから、宇宙職人さんに会って、直してもらわないと……!」
その必死な言葉に、老人は、わずかに肩を揺らしたように見えた。
彼は、長い沈黙の後、ゆっくりと振り返った。
「……一族の船、か。ふん、馬鹿馬鹿しい。そんなもののために、あのデスレースに出ると言うのか」
彼は、何かを諦めたように、あるいは何かを面白がっているように、不敵な笑みを浮かべた。
その顔は、ホログラムで見た写真よりも、ずっと生き生きとして見えた。まるで、退屈な日常に、久しぶりに面白いオモチャを見つけた子供のようだった。
「……よかろう。そこまで言うなら、一つだけ試してやろう」
(第55話 了)
最後までお読みいただき、ありがとうございます!
元引きこもりの宇宙船AI「オマモリさん」と、銀河級の爆弾娘「ポプリ」が繰り広げる、ドタバタSFコメディはいかがでしたでしょうか。
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【次回予告】
Analyze! Cube!
残り6時間!それなのに、目の前には爺さんのクソ面倒な知恵の輪! ポプリは夢中!だが、こいつはAI(俺)の出番だ! 俺の演算能力が焼き切れるのと、解法を見つけるの、どっちが早いか!?
次回、『転爆』、第56話『AI vs 知恵の輪』
絶対に、解き明かす!やってやるぜ!




