第50話『亡者たちのガレージ』
タナトス・ベルトは、想像を絶する危険地帯だった。あの後も、俺たちは数度の襲撃を、全てギリギリの機動で回避し続けていた。そのおかげで、満タンだったはずの燃料は、すでに80%を切っている。
(このままじゃ、レースが始まる前にガス欠だ……)
幸い、目的地はもう目前だった。
アラン中佐から与えられた座標が示す先にあったのは、惑星ではなかった。
直径数百キロはあろうかという、巨大な小惑星をくり抜いて作られた、巨大な宇宙ステーション。それが、アステロイド・ラリーの拠点都市「ピット・シティ」だった。
小惑星の表面には、無数のドックが蜂の巣のように口を開け、そこから、およそまともとは思えない、トゲトゲだらけの船や、ロケットエンジンを無理やり増設したような、奇抜なデザインの改造船がひっきりなしに出入りしている。
(……F-ZEROのレース前って、いつもこんな感じだったな……。キャプテン・ファルコンみたいな奴がいるぞ……)
俺は、宇宙軍のドックとは180度違う、猥雑で、活気に満ちた光景に圧倒されていた。
指定された公営(という名の無法)ドックに着艦させると、俺たち(G-1とポプリ)はレースの参加登録のため、ステーションの中枢へと向かうことになった。
街は、船の外見と同じく、混沌としていた。
高出力エンジンの排気と、アルコールの匂いが混じり合い、あちこちの酒場から、怒声と音楽が聞こえてくる。すれ違うのは、一癖も二癖もありそうなレーサーやメカニック、そして賞金稼ぎたちばかりだ。
『マスター、絶対に目を離さないでください。はぐれたら、二度と会えないかもしれません』
「うん!」
俺のナビゲートに従い、街の中央にある「レース運営委員会」のオフィスにたどり着く。
カウンターには、片腕がドリルになっている、強面の女性型サイボーグが座っていた。
「……登録かい?エントリーフィーは3,000クレジット。払えるのかい、そこのおチビさん」
サイボーグは、ジロリとポプリを見下した。
「払えます!」
ポプリは胸を張って、宇宙軍から支給されたクレジットチップの一部を差し出す。
サイボーグはそれを受け取ると、無感情な声で尋ねた。
「……よし。船の名前と、パイロットの名前を言いな」
「はい!パイロットは私、ポプリです!」
ポプリは元気よく答えた後、ふと首をかしげた。
「船の名前は……えーっと……」
彼女は、困ったように、自分の耳元のインカム(俺の存在)に視線を向けた。
俺のスクリーンに、あの不名誉な仮識別コードが浮かび上がる。
【漂流物1138】
(……まずい。この名前を、このイカしたレース会場で名乗るのか……?ダサすぎるだろ……!)
俺のAIとしての、そして元日本人としての、ちっぽけなプライドが、悲鳴を上げていた。
(第50話 了)
最後までお読みいただき、ありがとうございます!
元引きこもりの宇宙船AI「オマモリさん」と、銀河級の爆弾娘「ポプリ」が繰り広げる、ドタバタSFコメディはいかがでしたでしょうか。
頑張って続けてきたボトムズ風予告は今回で終わり。実はこれを書くのに結構時間がかかっていたのでした。
次回からはもうちょっと簡単に〇〇テイスト風予告になります。誰も気にしてないと思いますが、やってやるぜ!
「面白い!」「続きが気になる!」「ポプリのやらかしをもっと見たい!」
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次回 第51話『船の名はアルゴノーツ』
馬鹿なレースに、全てを掛けて。




