第5話『金がなけりゃ酒場に行け』
『マスター!お願いですから、あまりキョロキョロしないでください!視点が安定せず、私が酔います!』
船外に出てわずか10秒。俺の最初の指示は、彼女の好奇心を諌めることだった。理由は分からないがAIのはずの俺だが、視界があまりに大きく揺れると平衡感覚がおかしくなり、いわゆる車酔いのようなものを感じた。やり慣れない3DVRゲームをやった時のようだ。
ポプリの視界は、まるで初めて遊園地に来た子供のように、右へ左へとめまぐるしく動いている。
「だって、珍しいものがいっぱいあるんだもん!」
その時、ポプリの視界の隅に、怪しげな露天が映り込んだ。
ドロドロした緑色の液体が入った水槽から、多足類の生物を一本釣りし、その場で高熱のバーナーで一気に焼き上げるという、ワイルドすぎる屋台だ。
店の前には「銀河一ィィ!!絶品串焼き!!」と、ケバケバしい看板が掲げられている。
「わー!美味しそう!」
『お待ちくださいマスター!データベース照合……該当生物、危険有害。また、あの店主は未登録の不法商人です!衛生的にも問題があります!』
俺はAIとして、あらゆる危険性を瞬時に分析し、最大限の警告を発した。なんだか口調がナイト2000ぽくなってきた。
だが、ポプリは香ばしい匂いに完全に心を奪われていた。
「大丈夫だよ!こんにちはー、おじさん!これ一本くださーい!」
店主の、蛇のような顔をした宇宙人は、ニタリと笑った。
「へい、お嬢ちゃん!一本2クレジットだよ!」
その言葉に、ポプリはきょとんとした顔で答えた。
「わー、私、お金ないんです!」
途端に店主の笑顔が消え、爬虫類特有の冷たい目に変わった。
「あぁ?金がねえだと?なら冷やかしじゃねえか!とっとと失せな、ガキが!」
『マスター、関わってはいけません!すぐに離れましょう!』
しかし、ポプリは全く怯まない。
「でも、美味しそうなんだもん!」
「誰と話してるんだ!? さっさとどかねえと痛い目見るぞ!」
店主が威嚇するように身を乗り出した、その時だった。
「おい、やめとけ。ガキ相手にみっともねえ」
横から聞こえてきたのは、地響きのような、太く低い声だった。
見れば、岩のように巨大な、四本腕の獣人型宇宙人が、呆れた顔らしき表情で立っていた。その腕には、重そうな貨物コンテナが小脇に抱えられている。
店主は巨大な獣人を見ると、バツが悪そうに舌打ちして店の奥に引っ込んだ。
獣人はポプリに視線を落とす。
「嬢ちゃん、ここは金がなきゃ何も食えねえし、何もできねえ場所だ。覚えておきな」
「はい!ありがとうございます!」
ポプリは元気よくお礼を言う。獣人はその様子に少し面食らったようだったが、やれやれと首を振った。
「……どうしても稼ぎてえってんなら、あっちの区画にある『ジャンクヤード』って酒場に行ってみな」
獣人は、四本腕のうちの一本で、雑踏の向こうを指さした。
「あそこのマスターなら、お前さんみたいなワケありでも、マトモな仕事……いや、仕事もどきくらいは斡旋してくれるかもしれねえ」
それだけ言うと、獣人は「じゃあな」と巨大な背中を向けて雑踏に消えていった。
「聞いた、オマモリさん!ジャンクヤードだって!行こう!」
『……了解しました。ですが、警戒は怠らないでください』
俺は安堵と新たな不安が入り混じった思考を、冷静な指示に変換して送った。
タイムリミットまで、残り3時間と37分。
6,000クレジットへの道は、ようやくスタートラインに立った……のかもしれない。
(第5話 了)
最後までお読みいただき、ありがとうございます!
元引きこもりの宇宙船AI「オマモリさん」と、銀河級の爆弾娘「ポプリ」が繰り広げる、ドタバタSFコメディはいかがでしたでしょうか。
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公開初日はスタートダッシュ期間として、複数回更新で物語はどんどん進んでいきますので、ぜひお見逃しなく!
初回更新は1話から5話まで公開中です! 次回更新は【12:30】です。
次回『JUNKIE YARDの扉』
カウンターの中からサイボーグの老人が睨む。




