第48話『無法宙域への招待状』
俺達の船の後方で宇宙軍の巨大な艦隊が、まるで幻だったかのように、ワープ空間の彼方へと消えていった。ちょっとスタトレみたいで俺は感動した。
後に残されたのは、絶対的な静寂と、どこまでも広がる漆黒の宇宙。そして、その闇の中にポツンと浮かぶ、俺たち――の船だけだった。
(……静かだ)
俺は、メインスクリーンに表示されたステータス画面を、うっとりと眺めていた。
【 SHIP STATUS 】
ENERGY LEVEL: 100%
PROPULSION FUEL: 100%
ORGANIC MATERIAL STOCK: 100%
UNIVERSAL CREDIT BALANCE: 5000
(何度見ても素晴らしい……!全てのゲージが緑色だ……!これが、これが本来あるべき船の姿なんだ……!)
まるで、ずっとHP1で戦っていたRPGの主人公が、ようやく宿屋に泊まれた時のような、深い安堵と感動が、俺のシステム全体を満たしていく。
「オマモリさん、ご機嫌だね!」
ブリッジで伸びをしていたポプリが、嬉しそうに言った。
『はい、マスター。おかげさまで絶好調です。これなら、多少の無茶も……いや、やはり無茶は禁物です』
俺は冷静さを取り繕い、ナビゲーションシステムを起動させた。目的地は、無法宙域「タナトス・ベルト」。
「ねえねえ、レースって、どんな感じなのかな?速い船がいっぱい来るの?すっごく楽しみ!」
ポプリは、まるで遠足の前日の子供のように、ワクワクを隠しきれない様子だ。
『……マスター。念のため、アステロイド・ラリーの過去の記録映像をお見せします』
俺は、データベースから検索した映像を、メインスクリーンに映し出した。
そこに映っていたのは、ポプリが想像するような、クリーンで爽やかなスポーツではなかった。
小惑星同士の衝突で生まれた狭い渓谷を、猛スピードで駆け抜ける改造船たち。
後続の船を妨害するために、平然と機雷をばら撒く海賊船。
コーナーでライバルを壁に叩きつけ、爆発炎上させる重装甲のレースカー。
ゴールにたどり着く船は、参加者の20%以下。それは、レースというより、バトルロイヤルだった。というか笑いがビタイチないチキチキマシーンで、youtubeに載せられない類いヤツだった。
「わーあ……ぃ……」
さすがのポプリも、その過激な映像に引き気味だ。
『ご理解いただけましたか?これは、お遊びではありません。論理的に考えて、我々のような非戦闘船が参加すること自体が、自殺行為なのです』
「……でも」
ポプリは、映像の中で爆発する船から視線を外し、俺のコアユニットをじっと見つめた。
「でも、優勝しないと、宇宙職人さんには会えないんでしょ?それに、オマモリさんがいれば、きっと大丈夫だよ!」
(その根拠のない信頼が、一番のプレッシャーなんだが……)
俺は、彼女の超人的な身体能力を思い出し、複雑なため息をついた(という感覚になった)。
(まあ、この子自身は、白い悪魔並みの化け物だからな……。問題は、それを運ぶ俺が、ガンペリーレベルだってことだ……。というかミサイルも装備してないんだからガンペリー以下だ)
『……とにかく、タナトス・ベルトに到着するまで、警戒を怠らないでください。それと、例の卵ですが……』
俺は釘を刺すように言った。
『中佐が言ったように、絶対に、人前で不用意に見せびらかさないでください。あれは、我々の最後の切り札です』
「わかってるよー!……見せずに食べるのは良いんだっけ?」
『ダメです!』
「オマモリさんのいけず〜!」
『椅子にお座りください。速度を0.7c(光速の70%)に上げます」
「む〜」
その後も不毛なやり取りをしているうちに、船の長距離センサーが、前方に異常な宙域を捉えた。
スクリーンに映し出されたのは、無数の小惑星や宇宙船の残骸が、巨大な嵐のように渦を巻いている、不吉な色の星雲だった。
あちこちで、違法なエネルギー反応や、正体不明の通信が、ノイズのように明滅している。
『……マスター。タナトス・ベルトに到着します』
俺は、緊張で自分の合成音声をわずかに震わせながら、告げた。
『ここから先は、宇宙軍の庇護も、銀河の法も届きません。全ての行動は、自己責任です』
船は、まるで巨大な獣の顎へと吸い込まれるかのように、ゆっくりと、無法の宙域へとその機首を向けた。
アステロイド・ラリーへの、長くて短い招待状は、どうやら本物のようだった。
ポプリがスクリーンに映る不気味な星雲を見て言った。
「なんだか不機嫌そうな星だね……。じゃあ……、私が機嫌よくしてあげなきゃね!」
俺に【機嫌】というステータスがあったら、多分、赤くなっていただろう。
(第48話 了)
最後までお読みいただき、ありがとうございます!
元引きこもりの宇宙船AI「オマモリさん」と、銀河級の爆弾娘「ポプリ」が繰り広げる、ドタバタSFコメディはいかがでしたでしょうか。
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次回 第49話『タナトス・ベルトの洗礼』
もう止められる者はいないんですかね。




