第46話『最初の任務(チュートリアルはない)』
『ドクター・ギア……』 俺のデータベースが、そのコードネームを検索する。ヒットしない。公の記録には一切存在しない、裏の世界の人物だ。
ポプリは、ホログラムの偏屈そうな老人を指さし、目を輝かせた。
「この人が、宇宙職人さん!?じゃあ、すぐに会いに行かなきゃ!」
アラン中佐は、その言葉を静かに首を振って否定した。
「残念ながら、そう簡単にはいかない。ドクター・ギアは、数年前に全ての表舞台から姿を消し、今は誰もその居場所を知らない」
「じゃあ、どうやって……?」
「彼は、年に一度だけ、ある場所に姿を現す。銀河で最も過酷で、最も無法な宇宙船レース……『アステロイド・ラリー』の会場にな」
アラン中佐はそう言うと、データパッドを操作し、新たな映像を映し出した。そこには、無数の小惑星が飛び交う危険な宙域を、改造された宇宙船が猛スピードで駆け抜けていく、狂気のレースの様子が記録されていた。
(アステロイド・ラリー……? 検索します……ヒットしました)
俺は即座にその単語をデータベースで検索し、表示された内容に戦慄した。
(……なんだこれは。裏社会の非合法レース。完走率18%。過去10年間の死亡・行方不明者、数百名……。死のレースじゃないか!)
俺の脳裏に、前世で見た『レッドライン』や『F-ZERO』のゲーム画面がフラッシュバックする。
アラン中佐は、淡々と説明を続けた。
「ドクター・ギアは、このレースの伝説的なチャンピオンであり、今も主催者の一人として会場に現れる。そして、彼は『今年のチャンピオンのマシンだけは、自らの手で整備する』という誓いを立てている」
『……まさか』
俺の論理回路が、彼の言わんとすることを予測し、戦慄する。
「君たちへの最初の任務は、このアステロイド・ラリーに参加し、優勝すること。それが、ドクター・ギアと確実に接触するための、唯一の方法だ」
「レース!面白そう!」 ポプリは、任務の危険性を全く理解せず、無邪気に喜んでいる。
『お待ちください!論理的に不可能です! 確かに、この船には私の知らない機能が眠っている可能性はあります!ですが、現状はエネルギーも燃料も補給されたばかりで、戦闘経験も皆無です!どんなにすごいポテンシャルを秘めた機体でも、乗り手が素人では意味がありません!』
アラン中佐は俺の言葉に「そうだな」と軽く頷いた。
俺はさらに言葉を続けた。
『それに、この船はレース用に設計されていません!これは、ガソリンもタイヤもないF1マシンで、グランプリに出ろと言っているようなものです!スタートラインでエンストするのが関の山ですよ!」
「その点は、我々も承知している』
アラン中佐は、表情一つ変えずに言った。
そこでハタと気がついた。俺は知らない間にアラン中佐と会話をしていることに。
中佐が薄く笑った。
「オマモリ、といったかな。AIの君ならここまでの話は理解できたはずだ」
『……私の存在に気がついていたのですか?』
アラン中佐は、答える必要もない、といった様子でそれには答えず言葉を続けた。
「これは君たちの覚悟と能力を試す、最初の『テスト』なのだよ。ポプリ・アステリア君の持つ未知の力と、君という未知のAIが、その絶望的な状況をどう覆すのか……我々は見極めさせてもらう」
それは、あまりにも一方的で、あまりにも無茶な要求だった。 だが、俺たちには、この無理ゲーを「はい、やります」と受け入れる以外の選択肢は、残されていなかった。
(第46話 了)
最後までお読みいただき、ありがとうございます!
元引きこもりの宇宙船AI「オマモリさん」と、銀河級の爆弾娘「ポプリ」が繰り広げる、ドタバタSFコメディはいかがでしたでしょうか。
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次回 第47話『獅子の施し』
ポプリの胃を受けるのは誰か。




