第41話『蛇の逃走、獅子の宣告』
統合宇宙軍の艦隊は、何の発光信号も、警告も発しない。
ただ、そこに「存在する」だけで、戦場の空気を完全に支配していた。
それは、百獣の王の前にひれ伏すハイエナの群れのような、絶対的な力の差が生み出す、静寂だった。
クリムゾン・サーペントの女幹部は、数秒間、呆然と目の前の光景を見つめていたが、やがて我に返ると、艦内に絶叫に近い命令を飛ばした。
「……だ、駄目だ!総員、戦闘を中止!最大船速でここから離脱する!今すぐだ!」
彼女の命令を受け、あれだけ威圧的だったマフィアの艦は、まるで蜘蛛の子を散らすように、慌ただしく反転を開始した。
宇宙軍は、それを追撃する素振りも見せない。ただ、その行く末を、冷ややかに見送っているだけだ。
まるで、いつでも好きな時に握りつぶせる相手に、あえて猶予を与えているかのように。
数分後、クリム-ゾン・サーペントの艦隊は、ワープ空間へと姿を消した。
後に残されたのは、静まり返った宇宙空間に浮かぶ、宇宙軍の巨大な艦隊と、その巨大な影の下で、呆然と浮かぶ俺たち――一隻のエネルギーが切れかけのポンコツ船だけだった。
「……助かった……の?」
ポプリが、恐る恐る目を開けて、メインスクリーンを見上げた。
『……そのようです。ですが、状況が好転したとは、論理的に断定できません』
俺は冷静にそう返しながら、最悪の事態をシミュレートしていた。
(俺たちは船籍不明の船だ。しかも、アステリア・バザールで大停電テロを引き起こした直後……。マフィアと間違われて、拿捕、あるいは攻撃される可能性も……)
俺が緊張に身を固くしていると、宇宙軍の旗艦と思われる、ひときわ巨大な戦艦から、一通の通信が入ってきた。
それは、先ほどのマフィアのような一方的なものではなく、丁寧なプロトコルに則った、公式の通信要求だった。
俺は覚悟を決め、通信回線を開いた。
スクリーンに映し出されたのは、純白の軍服に身を包んだ、銀髪の、非常に理知的な顔つきの男性士官だった。その瞳は、全てを見透かすかのように、鋭く、そして深い。
【……聞こえるか、漂流船。私は、統合宇宙軍、第7艦隊所属、アラン・スミス中佐だ】
士官はそう名乗ると、一切の感情を排した、事務的な声で、こう告げた。
【貴船は、現在、当艦隊の保護下に置かれている。抵抗せず、我々の指示に従い、本艦のドックに速やかに入港されたし。繰り返す、これは命令である】
助かったのは、間違いない。
だが、それは嵐の中から、巨大な獅子の檻の中へと、自ら飛び込んだのと同じことなのかもしれない。
俺たちに、拒否権はなかった。
(第41話 了)
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元引きこもりの宇宙船AI「オマモリさん」と、銀河級の爆弾娘「ポプリ」が繰り広げる、ドタバタSFコメディはいかがでしたでしょうか。
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※すみません、予約し忘れて今日(11/2)は22時の1回更新です。
次回 第42話『獅子の腹でこんにちわ』
ポプリは追い、そして追われる。




