第4話『第一歩はゴミの山から』
俺のメインスクリーンには、残り時間を無慈悲に刻むデジタル時計が表示されている。
【船体没収まで:3時間59分50秒】
『マスター、聞こえますか……』
俺は、もはや何の希望もないまま、ポプリの耳元のインカムに思考を送った。
「うん、聞こえるよ!さーて、行こうか、オマモリさん!」
そう言いながらポプリは額に上げていたゴーグルを掛けた。その途端、ポプリの見ているリアルタイム風景が俺の視野に加わる。
(……こいつ、全く状況を理解してないな?)
ポプリはこれから始まる大冒険に胸を躍らせるかのように、キラキラした目でハッチを見つめている。俺がスクラップにされるまで、あと3時間58秒5秒だというのに。
『……ハッチを開放します』
諦観の境地で俺がシステムを操作すると、プシューという音と共に、目の前の扉がゆっくりと開いていった。
そして、船内に流れ込んできたのは、宇宙の清浄な空気ではなかった。
(うわっ!)
オイルと、何か得体の知れないスパイスと、むせ返るような排気が混じり合った、濃密な匂い。
怒声、喧騒、意味不明な電子音、そしてどこからか聞こえる陽気だが調子の外れた音楽。
薄暗い照明に照らされたドックは、壁も床も油と煤で黒ずみ、あちこちで怪しげな液体が滴り落ちている。様々な種族の宇宙人たちが、ゴミの山のような露店で、ガラクタにしか見えないものを売り買いしていた。スターウォーズで似たような風景を見たが、あれより100倍酷い。
(……衛生指数、計測不能。危険生物遭遇確率、測定限界オーバー)
『マスター、やはり考え直すべきです。論理的に考えて、この環境はマスターの安全を保証できません』
俺は最後の抵抗を試みた。だが、ポプリは目を輝かせていた。
「すごい!すごいよオマモリさん!お祭りみたい!」
(どこがだよ!)
『とにかく、まずは情報収集です。このコロニーで、我々のような無一文でも遂行可能な依頼を探します』
俺は必死に思考を切り替え、第13ドックのローカルネットワークにアクセスし、仕事の依頼を検索する。
数秒後、スクリーンに表示されたのは、絶望的なリストだった。
【第13ドック・日雇い依頼リスト】
貨物コンテナのフジツボ(宇宙生物)剥がし: 報酬 50クレジット
下水道のヘドロろ過作業(助手): 報酬 80クレジット
スクラップ置き場の廃品仕分け: 報酬 歩合制(平均30クレジット)
(……ダメだ。一番高い仕事でも、75回以上こなさないと6,000クレジットに届かない。3時間57分20秒以内じゃ絶対に無理だ……!)
俺が無駄に正確に絶望していると、ポプリがタラップに足をかけた。
「楽しそう!行こうよ!」
『お待ちください、マスター!無計画に船外に出るのは危険です!まずは作戦を……!』
俺の制止の声は、彼女の耳には届いていなかった。
「いってきまーす!」
ポプリは元気よく手を振ると、あっという間にドックの喧騒の中に飛び出していく。
俺のメインスクリーンには、彼女の視界を映すウィンドウと、ポプリが船外に出るのと同時に射出されたステルスドローンからの三人称視点のウィンドウが並んで表示される。
それはまるで、ベテラン課金ユーザーが戦うフィールドに、ド素人の無課金ユーザーが迷い込んだような、地獄の光景だった。
(第4話 了)
最後までお読みいただき、ありがとうございます!
元引きこもりの宇宙船AI「オマモリさん」と、銀河級の爆弾娘「ポプリ」が繰り広げる、ドタバタSFコメディはいかがでしたでしょうか。
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公開初日はスタートダッシュ期間として、複数回更新で物語はどんどん進んでいきますので、ぜひお見逃しなく!
初回更新は1話から5話まで公開中です! 次回更新は【12:30】です。
次回『金がなけりゃ酒場に行け』
ポプリも、巨大な不発弾。
自爆、誘爆、御用心。




