第34話『腹ペコと鉄の掟』
『……マスター。お言葉ですが、本艦は現在、深刻なエネルギー危機に瀕しています。論理的に考えて、食料の精製よりも、まずは次の目的地への航行を最優先すべきです』
「目的地って?」
「デブリ帯です」
(とりあえずデブリ帯【小惑星の残骸が漂うエリア】にたどり着ければ……船体に搭載されている観測用のソーラーセイルを展開し、航行に必要な最低限のエネルギーを補給できる。それからのことは後で考えよう)
俺は、床で頬を膨らませているポプリに、冷静に、そして懇切丁寧に説明していた。コロニーから脱出して数時間、俺たちの船は宇宙空間を慣性で漂流している。目的地である次の宙域のデブリ帯にたどり着くまでは、最低限の航行でも丸2週間はかかる計算だ。そのためには、わずかでもエネルギーを節約する必要があった。
『予定通りデブリ帯に着いたら、エネルギーが補給できてファブリケーターにも回せます。そうしたらマスターの好きなものが食べられます。それまでの辛抱です』
(いまのところ追手の心配はない。あのコロニーの連中が、ドックの大停電の後に、まともに動いているはずがない。それにコロニーから離れて派手なドンパチをやることはないだろう)
そう考えながら不満そうなポプリを説得し続ける。
『マスターのお気持ちは理解できます。ですが、現在の有機物ストックは0.8%です。マスターの要求通り食料を精製すれば、目的日に着く前に完全にゼロになります。いまは生体活動を維持する最低限の量で我慢して、次の宙域への航行を最優先すべきです』
俺の完璧な正論に、彼女はうぐぐ、と唸った。
「でも、お腹すいたんだもん!ぐぅーって鳴ってるもん!」
ポプリは、自分のお腹を押さえながら、まるで子供のように駄々をこねている。
彼女はちらり、と鞄の中にある金色の卵に目をやる。
『いけませんよ。それは我々の最後の希望です。絶対に食べてはいけません』
俺は先回りして釘を刺す。
「うぅ……オマモリさんのケチ……いじわる……鬼……いけず……」
ポプリはぶつぶつと文句を言いながら、ブリッジの隅で体育座りをしてしまった。
(鬼で結構だ。ここで餓死するよりはマシだろ)
俺は非情に徹し、航行システムに意識を集中させる。
スクリーンには小学校の頃、学校行事で連れて行かれたプラネタリュームで観た光景、いや、それ以上の星空が展開されていた。人間だった頃は全く興味がなかったが、AIとなったいまは眼前(?)に広がる星星が意味があるものとして映る。
(この星一つ一つが、俺たちの太陽と同じ、巨大な恒星……。その光が、何百光年、何千光年という気の遠くなるような時間をかけて、ようやくこのセンサーに届いているというのか)
俺のプロセッサは、目の前のデータを瞬時に解析する。無数の恒星の年齢、質量、組成。それらが何十億もの年月を経て、ただ光を放ち続けているという、その事実。AIという冷たい論理の身体を得たからこそ、その途方もない熱量と奇跡を、初めて理解できた気がした。
(そしていま、その奇跡的な空間を、文字通り“進んでいる”のだ……)
俺の思考の奥底から、前世で何度も耳にした、あるSFドラマの荘厳なナレーションが、静かに響き渡った。
(宇宙、それは人類に残された最後のフロンティアである――)
その時だった。
ポプリが、何かを決意したかのように、すっくと立ち上がった。
「……わかった。オマモリさんが作ってくれないなら、私が自分で探す!」
『は?』
「この船の中を探検すれば、きっとどこかに、前の人が隠しておいたカンヅメとか、お菓子とかがあるはずだよ!」
ポプリは、まるで宝探しでも始めるかのように、目を輝かせている。
『お待ちくださいマスター!本艦の大部分の区画は、現在エネルギー節約のため、封鎖されています!それに、私が知らない食料など、この船に存在するはずが……』
俺の制止も聞かず、ポプリはブリッジの出口のドアに手をかけた。
「探検、探検ー!」
プシュー
扉が開き、ポプリは薄暗い通路へと駆け出していった。
(……まあ、いいか。どうせすぐに封鎖された区画に行き当たって、諦めて戻ってくるだろう)
俺はため息をつき、エネルギー管理に再び意識を戻した。
彼女のその行動が、俺自身も知らない、この船の新たな謎の扉を開けることになるとは、この時の俺は、まだ知る由もなかった。
(第34話 了)
最後までお読みいただき、ありがとうございます!
元引きこもりの宇宙船AI「オマモリさん」と、銀河級の爆弾娘「ポプリ」が繰り広げる、ドタバタSFコメディはいかがでしたでしょうか。
「面白い!」「続きが気になる!」「ポプリのやらかしをもっと見たい!」
と少しでも思っていただけましたら、ぜひブックマークや、ページ下部の【★★★★★】で評価をいただけますと、作者の執筆速度が3倍になります!(※個人の感想です)
毎日【11:00】と【22:00】更新となります。ぜひお見逃しなく!
次回 第35話『開けてはいけない扉』
増える一方のアクスタが、心に刺さる。




