第32話『目覚めと黄金の朝食』
静かだ。
船内に響くのは、最低限の生命維持装置が発する、か細い駆動音だけ。俺はエネルギー消費を極限まで抑えるため、船を慣性航行させながら、ブリッジの床で眠るポプリを見守っていた。
(……一体、何者なんだ、この子は……)
俺の論理回路は、いまだに混乱から抜け出せずにいた。
酔うと超人的な司令官になる?古代遺跡の知識がある?あの怪力と身体能力は?そして、胸のハートのアザ……。
彼女に関するあらゆる事象が、俺のデータベースのどこにも存在しない、異常なフラグとして積み上がっていく。
俺は改めて、船のステータスを表示した。
【 SHIP STATUS 】
ENERGY LEVEL: 11% (CRITICAL)
PROPULSION FUEL: 8% (CRITICAL)
ORGANIC MATERIAL STOCK: 0.8% (EMPTY)
UNIVERSAL CREDIT BALANCE: 0
(……絶望的だ)
ドックからの脱出で、残っていたエネルギーのほとんどを使い果たしてしまった。このままでは、次の星にたどり着く前に、俺たちは宇宙の漂流物になる。
その時、床で寝ていたポプリが「んー……」と身じろぎし、ゆっくりと目を開けた。
「……あれ……?オマモリさん……?」
『おはようございます、マスター』
ポプリはむくりと起き上がると、不思議そうにブリッジを見渡した。窓の外には、静かな星空が広がっている。
「……私たち、逃げられたの?」
彼女の記憶は、シャッターの前で絶体絶命になったところで途切れているようだった。
『はい。私がG-1を使い、なんとか』
俺は、彼女の司令官モードについては伏せて、当たり障りのない説明をした。彼女の混乱を避けるため、というのが論理的な判断だ。
(俺自身が、まだあの現象を理解できていない、というのが本音だが……)
「そっか……!よかったー!ありがとう、オマモリさん!」
ポプリは満面の笑みを浮かべると、ふと、自分の足元に置かれた鞄に気づいた。
中には、黄金色の卵が8個、美しく輝いている。
「あ!そうだ!お腹すいたー!オマモリさん、朝ごはんはこのな卵で目玉焼きにしようよ!」
彼女は網の中から一つ卵を取り出し、コンロもないのに、どうやって調理しようかと楽しそうに首をかしげている。
『お待ちくださいマスター!それは食べ物ではありません!我々の生命線です!』
俺は慌てて、再び闇市場の取引価格データをスクリーンに表示した。
『この卵一つで、我々の船の燃料とエネルギーを完全に満タンにしても、お釣りが来ます。これを8個全て売れば、暫くは遊んで暮らせるほどの金額になります!』
「本当……!?」
ポプリは、自分が抱えているものが、とんでもないお宝であることを、ようやく理解したようだった。
『はい。ですから、これを食べるなど、論理的にありえません。まずは、この卵を安全に換金できる場所を探し、船の補給を行うのが最優先事項です』
(まあ、さっきは一個飲んでもらったんだがな)
と思ったが、これは言わないでおいた。
船は、まるで老人のようにゆっくりと、新たな目的地へと進路を変えた。
(第32話 了)
最後までお読みいただき、ありがとうございます!
元引きこもりの宇宙船AI「オマモリさん」と、銀河級の爆弾娘「ポプリ」が繰り広げる、ドタバタSFコメディはいかがでしたでしょうか。
「面白い!」「続きが気になる!」「ポプリのやらかしをもっと見たい!」
と少しでも思っていただけましたら、ぜひブックマークや、ページ下部の【★★★★★】で評価をいただけますと、作者の執筆速度が3倍になります!(※個人の感想です)
毎日【11:00】と【22:00】更新となります。ぜひお見逃しなく!
次回 第33話『クリムゾン・サーペントの嗅覚』
かつてこの星には、ピンクの髪をした鉄の胃袋が蠢いていた




