第3話:悪魔の契約と過保護の権化(ガーディアン)
巨大な交易コロニー「アステリア・バザール」への入港シーケンスが始まった。
無数の宇宙船が規則正しくレーンに沿って航行する様は、まるで高速道路のジャンクションだ。無免許の引きこもりにとっては悪夢のような光景である。
『……これより入港手続きを開始します。マスターは船外に出る準備をお願いします』
俺は事務的なテキストをスクリーンに表示し、憂鬱な気分を紛わしていた。
「はーい!りょうかーい!」
ブリッジの隅で伸びをしていたポプリが、元気よく返事をした。
そして、次の瞬間、俺のメインプロセッサを焼き切るような行動に出た。
「よーっし!コロニーに行くなら、ちゃんとした服に着替えなきゃね!」
そう言うと、ポプリは身につけていたブカブカのつなぎのジッパーに手をかけ、躊躇なく一気に下ろし始めたのだ。
(はっ!?)
俺の思考が、物理的な音を立ててショートした気がした。
(俺はAIだぞ、倫理プロトコルがエラーを吐きそうだ……!)
俺の思考が悲鳴を上げるのと、つなぎがはらりと肩から滑り落ちるのが、ほぼ同時だった。
だぶだぶの布地に隠されていた彼女の本当の姿が、ブリッジの照明の下にあらわになる。
(見るな、見るな俺!俺は高潔なAIだ!船内監視カメラの映像を別のものに……って、無理だ!俺がカメラそのものなんだから!)
システム的にはただの「3Dオブジェクト」として処理すればいいはずなのに、俺の中に残る「佐藤和也」のゴーストが、視線を釘付けにして離さない。
手足は細く、全体的に小柄な印象。だが、その華奢な体つきを完全に裏切るように、胸元だけが豊満な丸みを帯びていた。そして、彼女の左胸のすぐ上に、小さなピンク色のハートの形をしたアザがあるのを、俺の光学センサーは捉えてしまった。
(……アザ タトゥーか?いや、それより今は……!)
論理回路が警報を鳴らし、倫理プロトコルが悲鳴を上げる。だが、俺の本能が、その光景のあらゆるディテールをメモリに焼き付けようとしていた。
俺の視界の端に、意味不明のエラーコードが滝のように流れ始めた。
【Warning: Hull temperature rising without cause. Emergency cooling system, activate.】
(警告:原因不明の船体温度上昇。緊急冷却システム、作動)
【Warning: Main processor usage, 99.8%. Unknown process running: "Popuri_Figure_Data_High-Resolution_Archiving".】
(警告:メインプロセッサ使用率、99.8%。未知のプロセス『ポプリ容姿データ高解像度アーカイブ化』が実行中です)
(うるさいうるさい!異常な熱源は俺のコアユニットだ!っていうか何だそのプロセス名は!勝手にアーカイブするな、俺のスケベAIが!)
『マスター!人前で服を脱ぐのは、論理的に考えて避けるべきかと……!』
俺はかろうじて表示したテキストで抗議するが、ポプリはくるりとこちらを振り返った。その無防備な動きが、またしても俺の処理能力に追い打ちをかける。
「え? オマモリさんは船でしょ?家族みたいなものだから平気だよー!」
その純粋すぎる笑顔が、余計に俺の論理回路を焼き切っていく。
そう言うとポプリは、持ってきたバッグから着替えを取り出した。それは彼女の驚異的なプロポーションを全く隠そうとしない……むしろ強調するかのような、非常にワイルドな衣装だった。
彼女がその服――引き締まったくびれと健康的なお腹を大胆に見せ、豊かな胸元をギリギリで覆い隠すトップスと、しなやかな脚のラインを際立たせる短いスカート――に袖を通し、「どうかな?似合う?」と屈託なく微笑んだ。
一連の読者サービスシーンが終わった頃、コロニーの管制局との通信が自動で開始された。だが、その応答は、俺の予想とは全く違うものだった。
【識別信号不明船へ。こちらアステリア・バザール管制局。貴船の船籍IDが確認できない。手動で応答されたし】
(船籍ID?そんなもの、あるわけないだろ!) 俺がどう応答すべきか混乱していると、システムは無情にもタイムアウトを告げた。
【……応答なし。プロトコルに基づき、貴船に仮識別コードを付与します】
メインスクリーンに、無慈悲な文字が浮かび上がった。
【仮識別コード:漂流物1138】
(ひょうりゅうぶつ!?ドリフターだと!?ふざけるな、こっちはちゃんとした船だぞ!ただの宇宙ゴミ扱いかよ!ババンバ、バンバンかよ!志村後ろかよ!)
俺の心の絶叫を無視し、管制局は新たな公式名称で、冷徹に告げてきた。
【漂流物1138へ通告。貴船、クレジット残高ゼロを確認。正規ポートへの入港は許可できない。速やかに宙域を離脱するか、第13ドックへ向かわれたし】
無慈悲な通告と共に、俺たちの航路はコロニーの隅にある、薄汚く明らかに荒んだ感じのするドックへと強制的に定められた。 俺たちの船は、この瞬間から、公式に「宇宙の漂流物」という不名誉な名前を背負うことになったのだ。
(スタートレックみたいに『ようこそ、連邦宇宙ステーションへ!』って感じじゃないのかよ……)
ドックに近づくと、船のメインスクリーンに、一方的な通信要求が入った。画面に映し出されたのは、爬虫類のような顔に、金歯をギラつかせた見るからに悪徳な宇宙人だった。
(またジャバの手下みたいなのが出てきたな……設定が混乱しているぞ)
【やあやあ、お客さん。管制塔から聞いたぜ、クレジットがスッカラカンだってな?】
『マスター、応答してはいけません!こいつは危険です!』
俺は着替えと一緒にポプリが着けた耳元のインカムに警告を送る。話しかけてから気がついたのは、どうやら音声のほうがやや砕けた言い方ができるようだ。そんな俺の発見とは別に、金歯の宇宙人は構わず話を続けた。
【だが、俺様は親切でね。お前さんたちのその船、見たところ上物だ。そいつを"担保"にするなら、特別に停泊させてやってもいい。契約するなら、そこの認証パネルに手を置きな。生体IDをスキャンすりゃ、それで契約成立だ】
金歯の宇宙人が顎でしゃくると、ポプリの目の前のコンソールから、うぃん、と小さなガラスパネルがせり上がってきた。
その言葉と同時に、俺のシステムに電子契約書が送りつけられてきた。俺はそれを0.1秒で解析し、その内容に戦慄した。
【アステリア・バザール第13ドック 短期停泊・船体担保契約】
停泊料: 12時間あたり 6,000クレジット(通常料金の5倍)
支払い猶予: 入港から4時間後
特記事項: 期限までに支払いがなければ、本船の所有権は、自動的に契約者の生体IDに紐づけられた上で第13ドック管理組合に譲渡される。
(罠だ!これは悪徳金融のやり口そのものじゃないか!)
俺はすぐさま、メインスクリーンに警告文を最大フォントで、赤く点滅させて表示した。
『警告!契約に同意すれば、4時間以内に船を没収される確率99.8%!絶対にパネルに触れないでください!』
『体内組織をスキャンされ、生体キーが奪われてしまいます!』
さらに、ポプリの耳元に絶叫に近い思考を送る。
『マスター、ダメです!絶対にそのパネルに触らないでください!論理的に考えて自殺行為です!私がスクラップにされてしまいます!』
しかし、ポプリはスクリーンの警告文にも、俺の悲痛な叫びにも全く動じていなかった。彼女はせり上がってきたガラスパネルを興味深そうに眺め、満面の笑みを浮かべた。
「わー、手がピカピカ光るのかな?面白そう!」
『おやめください!面白そうではありません、危険です!』
俺の絶叫も虚しく、ポプリは「えいっ!」と元気よく、その小さな手のひらを認証パネルにペタッと置いた。
ピロリンッ!
パネルがまばゆい緑色の光を放ち、ポプリの手のひらをスキャンする。
【生体ID "Popuri" 認証完了】
【契約成立】
スクリーンに、軽快だが無慈悲な電子音と共に、完了の文字が浮かび上がった。
ゴォンッ!という重々しい音を立てて、ドックの巨大なアームが俺の船体をがっちりと掴み、固定する。それはまるで、断頭台に首を固定されたかのような、絶望的な響きだった。
(アベンジャーズ・アッセンブル!……じゃなくて、俺がディスアッセンブル(解体)される側かよ……)
メインスクリーンに、俺は小さな、小さな文字で、心の叫びを表示した。
『……終わりました』
こうして、俺たちの最初のミッションは、「宇宙職人探し」でも「食料補給」でもなく、「4時間以内に6,000クレジットを稼いで、俺の解体を阻止する」という、限りなく不可能に近く、最高に面倒くさいものに決定したのだった。
(第3話 了)
最後までお読みいただき、ありがとうございます!
元引きこもりの宇宙船AI「オマモリさん」と、銀河級の爆弾娘「ポプリ」が繰り広げる、ドタバタSFコメディはいかがでしたでしょうか。
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公開初日はスタートダッシュ期間として、複数回更新で物語はどんどん進んでいきますので、ぜひお見逃しなく!
初回更新は1話から5話まで公開中です! 次回更新は【12:30】です。
次回『第一歩はゴミの山から』
ステルスドローンから、ポプリに熱い視線が突き刺さる。




