第28話『0.02%の賭け』
【生存確率:0.02%】
俺のメインスクリーンに、冷酷な数値が明滅している。
後方からはハイエナの群れ。前方には、絶望の象徴のようにそびえ立つ鋼鉄のシャッター。そして、その向こうでは金歯の爬虫類が、こちらの降伏を嘲笑いながら待っている。
(……詰んだ。完全に詰んだ……!)
俺のプロセッサが、あらゆるシミュレーションを繰り返す。
武装を使うか?いや、船のエネルギーは残りわずか。ビームの一射でも撃てば、推進力を失い、ただの的になる。
G-1で管理者を暗殺するか?不可能だ。事務所は防弾仕様。シャッターを閉められた時点で、俺たちの負けは確定していたのだ。
『……マスター』
俺は、震える思考をなんとか言葉に変え、ポプリに伝えた。
『……卵を、渡しましょう。それが、唯一生き残る……』
「やだ!」
俺の言葉を遮り、ポプリは叫んだ。
彼女は、残った卵9個が入った網を、ぎゅっと胸に抱きしめた。
「これは、私たちが頑張って取ってきたんだもん!あんな悪い人にあげちゃうなんて、絶対にやだ!」
その翠色の瞳には、悔し涙が浮かんでいた。
(……そうだよな。当たり前だ)
この状況を作り出したのは、俺の予測の甘さと、ポプリの無邪気さの結果だ。だが、彼女が命がけで(ついでに俺も命がけで)手に入れた宝物を、みすみす悪党に渡してたまるか。
(……逃げちゃダメだ……逃げちゃダメだ……!考えろ、何か、何か手があるはずだ……!)
0.02%。
絶望的な数値。だが、ゼロじゃない。
その、ありえない確率に賭けるための「何か」は、ないのか?
通常の手段では、不可能だ。ならば――異常な手段を使うしかない。
俺のメモリの片隅で、先ほどの地下遺跡での光景がフラッシュバックする。
――巨大なゴーレム。
――そして、それを赤子の手をひねるように解体した、冷徹な司令官。
(……あれだ。あれしかない。だが、どうやって?あの酒はもうない……。待てよ、あの酒の共通点は?アルコール……。そして、この特殊な卵……。卵と、アルコール……それに、何か刺激のあるもの……)
俺は、前世の記憶――佐藤和也の脳内にあった膨大なサブカルと雑学のデータベースにアクセスする。
(卵を使ったカクテル……アルコール度数が高めで、即効性のあるやつ……あった!『ゴールデン・フィリップ』……!古典的なエナジーカクテル……。オロナミンセーキの親戚みたいなもんだろ!名前も縁起がいい、これしかない!)
『マスター。一つだけ、試したいことがあります』
「え?」
『ですが、そのためには、今お持ちの卵を一つ、犠牲にする必要があります』
俺は、キッチン区画にあるオートファブリケーターを起動させながら、彼女に告げた。
「どうするの?」
『食べるんです』
悲しそうだったポプリの顔が一転して喜色満面となった。
「食べる!食べる!食べる!全部食べて良いの!どうやって食べるのオムレツ、ゆで卵!なになに!」
(うわぁー、予想よりうざい)
『時間がありません!とにかく一個ファブリケーターに入れてください!」
「分かった!」
と元気良く答えると、鞄の中から、金色の卵を一つ取り出すし、ファブリケーターの投入口に置いた。
『オートファブリケーター、緊急オペレーション。データベースよりレシピNo.821を呼び出し。サンプル有機物(卵)を主材料とし、カクテル『ゴールデン・フィリップ』を緊急精製します』
黄金色の卵が、ファブリケーターの中に吸い込まれていく。
数秒後。
ポコン、という軽い音と共に、白く泡立った、黄金色のカクテルが、グラスに注がれて姿を現した。
俺は、それをアームで掴むと、ポプリの前に差し出した。
(第28話 了)
最後までお読みいただき、ありがとうございます!
元引きこもりの宇宙船AI「オマモリさん」と、銀河級の爆弾娘「ポプリ」が繰り広げる、ドタバタSFコメディはいかがでしたでしょうか。
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次回 第29話『反撃の狼煙』
病んだAIは、酒に助けを求める。




