第26話『富と危険は等価交換』
『マスター、急いでください!奴らが考えを変える前に、このドックから離脱します!』
俺の緊迫した音声に促され、ポプリは少し不満そうな顔をしながらも、早足で船へと向かった。
船のハッチが背後で閉まり、外の喧騒が遮断された瞬間、俺は心の底から安堵のため息をついた(もちろん、感覚だけだが)。
拘束アームが外れた今、俺の船体は自由だ。
俺は即座に出港シーケンスを開始した。メインエンジンの予熱、ナビゲーションシステムの起動、慣性制御フィールドの安定化……。俺の思考と船のシステムが直結し、無数のプロセスが同時に進行していく。
(よし、エネルギー残量18%、燃料19%。ギリギリだが、このコロニーの重力圏を離脱するには十分だ!)
結局エネルギー問題は解決できなかったが、今はこの星から離れるだけで十分だ。幸い卵は9個残っている。これを他の星で売ればエネルギーを満タンにしても十分お釣りが出る。
しかし……。
ブリッジに戻ったポプリは、床に置いた網の中を覗き込み、黄金色に輝く9個の卵をうっとりと眺めていた。
「ねえ、オマモリさん。さっきのはあげちゃったけど、こっちの9個は、食べてもいいんだよね?」
その無邪気な問いに、俺は出港準備を進めながら、少し呆れた声で答えた。
『……マスター。先ほどの連中の反応を見て、何も感じませんでしたか?』
「え? みんな、すっごく食べたそうだったね!」
『違います!あれは食欲ではありません、金欲です!』
俺は先ほど裏で検索した闇市場のデータを、メインスクリーンに大きく表示した。
そこには、ゲルグニョールの卵一つが、最低でも100,000クレジットで取引されているという、信じがたい事実が記されていた。
『いいですか、マスター。我々が今持っているこの卵9個は、単純計算で900,000クレジット以上の価値があるということです。我々の借金の10倍以上です』
「きゅ、きゅうまん!?」
さすがのポプリも、その数字には目を丸くした。
『はい。我々は今、大金持ちです。そして同時に……』
俺はスクリーンを切り替え、G-1の外部カメラが捉えた、船の周囲をうろつき始めたならず者たちの映像を映し出した。
『……その事実はさっき襲ってきたならず者から漏れて、我々はこのコロニーで最も危険な獲物になりました。論理的に考えて、彼らがこのまま見逃すはずがありません』
「……じゃあ、どうするの?」
『決まっています』
俺はメインエンジンの出力が安定したのを確認すると、力強く宣言した。
『この鉄クズの塊みたいな星から、一刻も早く離脱します!エンジン出力120%、上昇!発進準備!』
(ヤマト発進!)と言いかけたが、そこはぐっと堪えた。
船体が、ゴゴゴゴ……と静かに震え始める。
俺の視界が、ドックの出口へと向かう。
自由は、もう目の前のはずだった。
(第26話 了)
最後までお読みいただき、ありがとうございます!
元引きこもりの宇宙船AI「オマモリさん」と、銀河級の爆弾娘「ポプリ」が繰り広げる、ドタバタSFコメディはいかがでしたでしょうか。
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次回 第27話『出口なき迷路』
目も眩むドタバタの中を、ポプリが走る。




