第25話『金歯の爬虫類の言い分』
『マスター、すぐに離れてください!生命の危機です!』
俺の警告は、もはや悲鳴に近かった。
サイボーグゴリラは目力で、ミシミシと音を立てる勢いでポプリを睨み下ろしている。100メートル先からでも、ゴリラが激怒しているのが分かっただろう。その巨大な拳が振り下ろされれば、ポプリの小さな体など一瞬でミンチだ。
俺はG-1の非殺傷兵器の使用許可を、数ミリ秒で自己承認した。もはや港湾警備隊がどうとか言っている場合ではない!
その時だった。
ゴゴゴゴゴ……
事務所の重い鉄の扉が、ゆっくりと内側に開いた。
中から現れたのは、あの金歯をギラつかせた爬虫類型宇宙人だった。どうやら、彼がこの事務所の管理者らしい。
「おいおい、俺の事務所の前で騒ぐのはやめてもらおうか。……ん?」
管理者は、騒ぎの中心にいるポプリの顔を見て、ニヤリと下品な笑みを浮かべた。
「なんだ、さっきの嬢ちゃんか。俺の部下をまいて、ずいぶんと楽しませてくれたそうじゃねえか」
どうやら、チンピラたちの報告は、すでに彼の耳に入っているらしい。
サイボーグゴリラは、管理者の顔を見ると、忌々しそうに舌打ちして、振り上げた拳を下ろした。
俺は冷静さを取り戻し、ポプリに指示を送る。 『マスター、今です。支払いを済ませましょう。クレジットチップを渡してください』
「はい、お願いします!」 ポプリは言われた通り、クレジットチップの束を管理者に差し出した。
しかし、管理者はそれを受け取らず、腕を組んでいやらしく笑った。
「ああ、停泊料な。当初の契約は5,000だったが、お前さんたちのおかげで色々手間が増えてな。迷惑料込みで6,000だ。それに、俺の店の看板を壊してくれたらしいな?修理代でプラス1,000。合計7,000クレジット払ってもらう」
『なっ……!?』 俺とポプリの顔から、同時に血の気が引いた(もちろん、俺は感覚だけだが)。
(7,000だと!?待て、計算しろ俺!報酬が7,000で、さっきの芋虫が200……。手持ちは6,800……。に、200足りない……!あの芋虫さえ食べていなければ!) 俺は心の中で絶叫する。あの時のポプリの食欲が、今、致命的な結果を招いたのだ。
『契約書にはない不当な請求です!そのような要求は法的に完全に無効です!』 俺はAIとして、論理と法に基づいた反論をポプリに伝えた。
ポプリは俺の言葉をそのまま繰り返す。 「契約書にない不当な請求です!無効です!」
だが、管理者は腹を抱えて笑った。 「はっはっは!嬢ちゃん、面白い冗談を言うなあ!ここは第13ドックだぜ?ここでは、俺が法律だ」
管理者はそう言うと、金歯を光らせた。
「さっさと7,000クレジット払いな。払えねえってんなら、今すぐその船を解体して、パーツで返済してもらうがな」
絶体絶命。
ポプリは、震える手でクレジットチップを握りしめ、か細い声で言った。
「……6,800しか、ありません……」
「あぁ?足りねえじゃねえか」 管理人の目が、再び冷酷な光を帯びる。
(終わった……!っか200って、あの芋虫の串焼きの200クレジットかよ!?)
俺が絶望に包まれた、その時だった。
管理人は、ポプリが肩にかけている鞄(卵が入っている)に、一瞬だけ鋭い視線を送ると、ふっと表情を緩め、意外なことを口にした。
「……まあ、いい。嬢ちゃんのがんばりに免じて、足りねえ200は俺様が貸してやる」
管理人は金歯を光らせた。
えっ?とポプリが管理人を見上げる。
「いいんですか?やったー!ありがとうございます!」
ポプリは早速6,800クレジットを管理人に手渡していた。
「へへへ、毎度あり。さあ、とっとと失せな」
管理人は下卑た笑みを浮かべ、クレジットを受け取った。
「いいんですか? やった〜!」
俺は成り行きに驚きつつ、違う可能性を計算していた。だが今は黙って喜ぶポプリを見ていた。
(第25話 了)
最後までお読みいただき、ありがとうございます!
元引きこもりの宇宙船AI「オマモリさん」と、銀河級の爆弾娘「ポプリ」が繰り広げる、ドタバタSFコメディはいかがでしたでしょうか。
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次回 第26話『富と危険は等価交換』
ポプリは次の巡礼地に向かう。




