第20話『最大の敵は食欲』
『いけませんマスター!絶対に寄り道は許しません!論理的に考えても、まずは支払いと卵の保護です!』
俺の悲痛な叫びは、コロニーの喧騒に虚しく響き渡った。
ポプリは店の出口で固まったまま、じゅぅじゅぅと音を立てて焼かれている紫色の巨大芋虫から、目を離せずにいた。
「でも、すっごくいい匂いだよ?頑張ったご褒美に、一本だけ……」
ポプリは振り返り、潤んだ瞳でG-1越しにこちらに訴えかけてくる。
(その手に乗るか!ここで油断したらこの子のことだ、なにが起きるか分からない)
俺はAIとして、非情な決断を下す。
『却下します。現在の最優先事項は、船体没収の阻止と卵の安全確保です。報酬を得た今、停泊料の支払いを先延ばしにする論理的理由が存在しません。さあ、船に戻りましょう!』
俺はポプリの視界の隅に、ドックへの最短ルートを示す矢印を、これでもかというほど大きく、赤く点滅させて表示した。
「うぅ……オマモリさんのいじわるぅ……」
ポプリは不満げに頬を膨らませたが、渋々といった様子で歩き出した。
俺のメインスクリーンに表示されるタイムリミットは、残り1時間45分。手続きなどを考えると焦りはあるが、まだ間に合う。
(よし、いい子だ。このまままっすぐ帰れば……)
俺が安堵しかけた、その時だった。
ポプリは、矢印が示す方向とは真逆の、芋虫の露店に向かって、ダッと駆け出した!
『マスター!?何を!?』
「忘れ物!忘れ物を取りに行くだけだから!」
(嘘をつけ!そんな古典的な言い訳が通用するか!)
俺の絶叫も虚しく、ポプリはあっという間に露店の前にたどり着いていた。
店主の、昆虫のような顔をした宇宙人が、複眼をギョロリと動かす。
「お嬢ちゃん、ウチの『メガワームの丸焼き』に興味があるのかい?一本200クレジットだよ!」
『マスター!この6,000クレジットは、1時間25分以内に6,000クレジットを支払うためのものです!予備費はわずか1,000!ここで200も使えば、リスクが……! っか串一本で200とか高すぎだろう!』
俺の高速演算によるリスク計算を、ポプリは完全に無視した。
彼女は握りしめていたクレジットチップの束から、一枚をひょいと抜き取ると、店主に差し出した。
「これ、一本ください!」
ジュワッ!
店主は巨大な芋虫を焼き網から引き上げ、秘伝のタレ(緑色に発光している)をたっぷりと塗りたくって、ポプリに手渡した。
ポプリはそれを受け取ると、幸せそうな顔で、大きな口を開けてかぶりついた。
サクッ、という軽快な音。
「んんんんん〜〜〜〜っ!?」
ポプリの翠色の瞳が、驚きと感動に見開かれる。
「おいひい!外はカリカリで、中はトロットロ!甘辛いタレと、濃厚な旨味が……!」
(食レポはいいから!)
ポプリが至福の表情でメガワームの丸焼きに夢中になっている、その時。
俺のG-1の広角カメラが、雑踏の影で、数人のガラの悪い宇宙人たちが、ポプリが持つクレジットチップの束と鞄に、下卑た視線を送っているのを捉えていた。
(第20話 了)
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元引きこもりの宇宙船AI「オマモリさん」と、銀河級の爆弾娘「ポプリ」が繰り広げる、ドタバタSFコメディはいかがでしたでしょうか。
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次回『ハイエナの時間』
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