第2話:追憶のラーメンと致命的なエラー(残高不足)
船内に鳴り響いていたクソうるさいユーロビートが、ブツリと途切れた。
俺がAIとしての権限を無意識のうちに行使し、強制的に黙らせたのだ。
(……あれ、さっきは切れなかったのに?)
初めて船内のハードウェアのコントロールができたことに、少し戸惑う。
ブリッジの中央で、俺の新しいマスター……ポプリが不満げに頬を膨らませている。
(マスター?)
俺はポプリのことを自然にマスターと認識していることに気がついた。恐ろしく違和感があるはずなのだが、なぜかそれを否定できない自分がいた。一方で、俺自身の、彼女への苦手意識や、このまま宇宙の片隅で引きこもっていたい気持ちも、消えることなく存在していたい。
「ねえ、オマモリさん!これからよろしくね!私の目的は、伝説の『宇宙職人』さんを探して、一族の船を直してもらうことなの!」
俺が「宇宙職人を探せ」と念じた瞬間、目の前の星図が目まぐるしく変化し、膨大な情報が滝のように流れ込んできた。
(お、すげー……なんだこれ、脳内にWikipedia直結してるみたいだぞ……)
0.003秒後、「宇宙職人」に関連すると思われる候補がいくつか自動的にフィルタリングされる。だが、どれもこれも「詳細は不明」といった情報ばかりだ。そこでできるだけ動きたくない俺にとって、最高のロジックが見つかった。
『マスターが提示された"伝説の宇宙職人"は、定義が曖昧かつ情報が著しく不足しています。よって、論理的に捜索は不可能と判断します。このミッションは棄却すべきです』
俺は自信満々に、正論をスクリーンに表示した。
「そっかー、大変なんだね!冒険みたいでワクワクするー!とりあえず、一番近くて賑やかそうな星に行ってみようよ!なんか分かるかも」
(ダメだこいつ……!俺の完璧な論理的帰結が1ミリも響いていない!)
『"賑やか"という表現は主観的であり、目的地として不適切です。座標の指定を要請します』
「じゃあ、オマモリさんが一番賑やかだと思うところでいいよ!」
(ぐっ……!命令の裁量権を俺に丸投げしてきやがった!)
システムの命令遵守義務なのだろうか、俺はデータベースから「最も人口密度と物流の多いコロニー」を検索せざるを得なかった。
「うわー!すごい!これが宇宙の地図なんだね!じゃあ、しゅっぱーつ!」
ポプリがそう叫んで、コンソールの一番大きな赤いレバーを力いっぱい押し込んだ。
ガッッックン!
【Warning! Emergency propulsion activated! Inertial dampener damaged!】
(警告!緊急推進システムが作動!慣性制御装置、損傷!)
(うおおおおおおお!?)
船体が凄まじいGと共に急発進する。
『そのレバーは緊急離脱用ですのでおやめください!』
数分後、ようやく船体が安定した頃、ふと疑問が湧いてきた。
(……そもそも、なんでこいつは俺の船を見つけられたんだ?データベースによれば、俺がいた小惑星帯は「航行記録なし」の未踏エリアのはず……。しかも、この船が「伝説の船」だなんて、どうして知ってるんだ?)
(それに俺が意識を取り戻した時に、確かこの船は俺のことを『マスター』と呼んで登録していた。それなのにポプリのことも『マスター』と登録している。そもそも船のコントロールにしても、効いたり効かなかったりするのはどういうわけだ?)
俺が考え込んでいると、ポプリがぐぅ、とお腹を鳴らした。
「オマモリさん、お腹へった〜!なんか食べるものないの〜?」
俺はにべもなく、『ありません』と言いたかったが、実際に答えたのは、
『何を食べたいのですか?』
という言葉だった。
ポプリは少し考えたあと、
「オマモリさんの好きなものでいいよ」
と元気に答えた。
(俺の好きなものか……)と考えた挙げ句、結局、俺は前世の最後の記憶を頼りに「濃厚マシマシ豚骨醤油ラーメン・改」を再現し、ポプリに提供する羽目になった。
ポプリは一口をすすると目を輝かせた。
「おいしーい!オマモリさん、あなた、天才だよ!!」
あっという間にカップを空にしたポプリが、満面の笑みでスクリーンを見上げた。
「ねえ、どうしてオマモリさんは、こんなに美味しいものを知ってるの?」
『……遠い昔の記録に、そのようなデータがあるだけです。これを食べるのが……唯一の楽しみだった、という記録が』
ポプリは、俺の言葉の意味を完全には理解できていないようだった。それでも、何かを感じ取ったのか、こてん、と首をかしげた。
「そっか……。たった一つの楽しみだったんだね……」
彼女はそう言うと、ブリッジの中央に鎮座する、青白く光る俺のコアユニット――AIとしての俺の本体が格納されている球体――に近づき、ためらうことなく、その滑らかな表面にそっと両手を伸ばし、優しく撫で始めた。
「よしよし。もう寂しくないよ。これからは私が、もっともーっと美味しいもの、いーっぱい見つけてあげるからね!」
(なっ……!?やめろ、俺のコアユニットはタチコマみたいに可愛くねえぞ!オイルもやらん!)
物理的な接触など、感じるはずがない。俺はただのプログラムだ。
だが、ポプリの手が触れた部分から、まるで温かい電流が流れ込んでくるような、未知の感覚がシステム全体に広がった。
【Warning: Unknown energy signature detected on core unit surface. Analyzing... result: positive affinity.】
(警告:コアユニット表面に未知のエネルギー反応を検知。分析中……結果:親和性、良好)
【Warning: Processor temperature rising. Cause: illogical emotional feedback.】
(警告:プロセッサ温度、上昇。原因:非論理的な感情フィードバック)
『な、何をされるのですか!私の本体に気安く触れないでください!論理的に考えて非効率ですし、バグの原因になります!』
俺は照れ隠しに、自分でも訳の分からない警告をスクリーンに高速で表示させた。
ポプリはそんな俺の慌てぶりにくすくすと笑った。
その時、船内に無機質なアラートが鳴り響いた。
【Warning: Organic material stock for fabrication, critically low. Resupply required.】
(……警告です。食料生成用の有機物ストックが、ほぼ底をつきました。補給が必要です)
我に返った俺が冷静に告げると、ポプリはパッと顔を輝かせた。
「えー!じゃあ、ちょうどいいね!さっきの賑やかな星で、美味しいものいっぱい補給しようよ!」
(ん?ちょっと待て。「クリティカリー・ロウ」……?カップラーメン一杯で?)
嫌な予感がして、俺は船の全体ステータスにアクセスした。画面に表示されたのは、絶望的な数値の羅列だった。
【 SHIP STATUS 】(船体状況)
ENERGY LEVEL: 28% (LOW)(エネルギー残量:28%(低下))
PROPULSION FUEL: 19% (CRITICAL)(推進剤残量:19%(危機的))
ORGANIC MATERIAL STOCK: 1.3% (EMPTY)(有機物ストック:0.3%(枯渇))
UNIVERSAL CREDIT BALANCE: 0(共通クレジット残高:0)
(……は?)
見間違いか?エネルギーも燃料も風前の灯火。クレジット残高はゼロ。そして、カップラーメン一杯でほぼ空になった有機物ストック……。
つまり、この船は超高性能な最新鋭機に見せかけた、ただのガス欠寸前の鉄クズだったのだ。
(気づけよ俺、起動時に!ミレニアム・ファルコン号よりひでえぞ、このガラクタ!)
結局、俺のロジックもへったくれもない。俺たちは、このコロニーで何とかして金を稼ぎ、資源を補給しなければ、宇宙の藻屑と化す運命だった。
(第2話 了)
最後までお読みいただき、ありがとうございます!
元引きこもりの宇宙船AI「オマモリさん」と、銀河級の爆弾娘「ポプリ」が繰り広げる、ドタバタSFコメディはいかがでしたでしょうか。
「面白い!」「続きが気になる!」「ポプリのやらかしをもっと見たい!」
と少しでも思っていただけましたら、ぜひブックマークや、ページ下部の【★★★★★】で評価をいただけますと、作者の執筆速度が3倍になります!(※個人の感想です)
公開初日はスタートダッシュ期間として、複数回更新で物語はどんどん進んでいきますので、ぜひお見逃しなく!
初回更新は1話から5話まで公開中です! 次回更新は【12:30】です。
次回「第3話:悪魔の契約と過保護の権化」
オマモリが飲むコロニーのオイルは苦い。




