第19話『報酬と新たな誘惑』
『マスター、しっかりしてください!地上に戻りますよ!』
「うぅー……なんか、すごい夢を見てた気がするー……大きい卵と、ぶよぶよをバットで打つ夢……」
ポプリは呂律の回らない口調で、意味不明なことを呟いている。
(半分合ってるのが腹立たしい!)
俺はG-1で彼女の体を半ば強引に支えながら、なんとか地上へと押し上げた。
ジャンクヤードの裏口から、再びあの喧騒の中へと戻る。時刻は深夜に近いのか、ならず者たちの熱気はさらに増していた。
ポプリはまだ千鳥足だったが、金色の卵が入った鞄だけは、食べ物を守る本能なのか離さない。
店に戻ると、カウンターで酒を飲んでいた荒くれ者たちが、汚物と粘液にまみれたポプリの姿を見て、静まり返った。
「おい、見ろよ!生きてやがる……」
「嘘だろう……」
「100年ぶりの成功者だと……!」
「本当にゲルグニョールの卵を取ってきたのか……」
ポプリはふらふらとカウンターに近づくと、ドンッ、と卵の入った鞄を置いた。
中には黄金色に輝く卵が10個そこにあった。
サイボーグのマスターは、信じられないものを見る目で卵を一つ手に取ると、それをまじまじと見つめ、やがてニヤリと笑った。
「……本当にやりやがったのか、嬢ちゃん。大したもんだ」
彼はカウンターの下から、分厚いクレジットチップの束を取り出した。
「約束通り俺は1個もらうぞ。報酬の6,000クレジットだ。1,000はチャレンジの賞金だな。鞄も一緒に持って行きな」
「わーい!やったー!」
ポプリはチップを受け取ると、その場でぴょんぴょんと飛び跳ねた。もう酔いはほとんど覚めているらしい。
『やりました……!やりましたよマスター!これで船が……!』
俺のシステムが、安堵と達成感で満たされる。もう解体されなくて済むんだ……!
しばらく喜んでいたポプリだが、「はて?」という顔すると、カウンターで卵を見ているマスターに質問をした。
「ねーマスター、どうして1個だけなの?それでいいの?」
マスターはうっとりと卵を見ながら、
「いいんだよ。あんまり欲をかくとこの街じゃ生きていけないからな。俺には1個で十分だ」
と言った。ポプリは「ふ〜ん」と一瞬なにか考えたようだが、すぐに、
「おじさん、ありがとう!じゃあね!」
と元気よく店の外に出た。目の前には数時間前と変わらない第13ドックの喧騒が広がっていた。
おれは物凄く嫌な予感がしていたが、今は黙っていた。
一方のポプリは、先ほど手に入れた分厚いクレジットチップの束を、まるで宝物のように両手で握りしめ、スキップでもしそうなほど上機嫌だった。
「やったね、オマモリさん!これでお船、解体されなくて済むんだ!」
『はい、マスター。ですが、あまりそれを人前でひけらかさないでください。非常に危険です』
俺の警告に、ポプリは不思議そうな顔をした。 「えー?でも、これ、お金でしょ?どうして危ないの? 爆発したりしないよ?」
その、あまりにも無邪気な疑問に、俺はため息をついた(という感覚になった)。
(……そうか。この子、そもそも「現金」の危険性を知らないのか)
『マスター。少し長くなりますが、この世界の通貨システムについて説明します。よろしいですか』
「うん!」
『我々が今いる第13ドックのような無法地帯では、この物理的な「クレジットチップ」が主流です。なぜなら、誰が、いつ、どこで使ったかという記録が一切残らないからです。身元を知られたくない裏社会の住人にとって、匿名性は命の次に重要です。だから現金でやりとりしているのです』
「ふむふむ」
『一方で、セキュリティの整った正規のコロニーでは、全く違うシステムが使われています。生体認証や個人デバイスによるデジタル決済です。そちらは非常に便利ですが、全ての取引記録が中央サーバーに残り、誰にでも追跡が可能です』
俺は、彼女に分かりやすいように、前世の知識を交えて説明を続けた。
(昔のギャング映画で、マフィアがアタッシュケースいっぱいの札束で取引してたのと同じ理屈だ。足がつかないからな)
『つまり、マスターが今手にしているそのチップの束は、この無法地帯において「私はここに大金を持っています。どうぞ襲ってください」と叫びながら歩いているのと同じことなのです。ご理解いただけましたか?』
俺の切実な説明を聞いて、ポプリはゴクリと喉を鳴らした。 彼女は、先ほどまで宝物に見えていたチップの束を、今度はまるで時限爆弾でも見るかのように恐る恐る見つめている。
「……じゃあ、これ、どうすればいいの?」
『ですから、一刻も早く船に戻り、支払いを済ませる必要があるのです!それともう一つ、鞄に入っている卵も重要です。さっきの店のマスターの言い方だと、その卵には凄い価値が……』
俺がそう言いかけた、まさにその瞬間だった。 ポプリの視線が、ふと、店の外、向かいの露店に釘付けになった。 そこでは、紫色の巨大な芋虫を、丸ごと炭火で焼いている露店があった。 香ばしい匂いが、こちらまで漂ってくる。
「……オマモリさん」
『……何でしょう、マスター』 最悪の予感が、俺の回路を駆け巡った。
「あれ、すっごく美味しそうじゃない?」
しかしその翠色の瞳は、手に持った6,000クレジットのチップよりも、目の前のゲテモノに、遥かに強く輝いていた。
『いけませんマスター!絶対に寄り道は許しません!論理的に考えても、まずは支払いです!』
「でも、一本だけ……」
『ダメです!』
俺の絶叫が、コロニーの喧騒に虚しく響き渡った。
(第19話 了)
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元引きこもりの宇宙船AI「オマモリさん」と、銀河級の爆弾娘「ポプリ」が繰り広げる、ドタバタSFコメディはいかがでしたでしょうか。
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次回『最大の敵は食欲』
ポプリは流れに逆らい、そして匂いを惹かれて食い倒れる。




