第15話『酔いどれ司令官、起動』
『マスター!?』
俺の制止も虚しく、ポプリは黄金色に濡れた指を、ぺろりと舐めた。
その翠色の瞳が、驚きに見開かれる。
「んんーっ!あまーい!とろとろで、しゅわしゅわしてて、おいしーい!」
ポプリはそう言うと、今度は両手で甕の液体をすくい、ごくごくと飲み始めた。
『やめてください!マスター!そんなもの飲まないでくださ……!』
俺がパニックに陥っていると、ポプリの体に急激な変化が現れた。
彼女の顔が、りんごのように真っ赤に染まっていく。足元がおぼつかなくなり、ふらり、とよろめいた。
『マスター!?どうしましたか!?毒ですか!?バイタルサイン、急上昇!血中アルコール濃度……計測不能!?致死量です!』
俺のシステムが、最大級の警報を鳴らす。
ポプリはへにゃへにゃと祭壇の上に座り込むと、呂律の回らない声で笑った。
「ふへへー……オマモリしゃーん……なんだか、ふわふわするよぉ……」
(よ、酔っ払ってる!? よりにもよって、この最悪のタイミングで酔っぱらうとか……!)
俺は頭を抱えた(という感覚に襲われた)。タイムリミットは刻一刻と迫っているというのに。
その時だった。
ゴゴゴゴゴゴ……
広間の奥の壁が、地響きを立てて左右に開き始めた。
そして、暗闇の中から現れたのは、苔むした石で作られた、全高5メートルはあろうかという巨大なゴーレムだった。その顔のない頭部で、一つの赤い光だけが、侵入者であるポプリを捉えている。
(遺跡のガーディアンか!大魔神的な奴かよ。まずい、まずい、まずい!)
俺は即座にG-1を戦闘モードに切り替える。
『G-1、電撃パルス、チャージ開始!』
とはいってもさっきのゲルグニョール相手に最大出力でパルスをぶっ放したのと、濁流のなかポプリを支え続けていたので、残されたエネルギーは心許なかった。
(どうする!?)
と思った瞬間、祭壇の上でへたり込んでいたポプリが、ふらりと立ち上がった。
そして、迫りくるゴーレムを、ビシッと指さした。
その顔からは、酔っぱらいの締まりのない笑みは消え、代わりに氷のように冷たい、怜悧な光が宿っていた。
「……目標、単独。型式、古代文明自律型警備ユニット。通称『墓守』。エネルギー源は地熱炉と推測」
『……え?』
いつもの天真爛漫さとは似ても似つかない、冷静で理知的な声。俺のデータベースにもない情報を、彼女は淀みなく口にした。
ポプリは、ゆっくりとこちら(G-1の方向)に視線を向けると、完璧な指揮官の口調で、最初の命令を下した。
「オマモリさん、聞こえますか。これより、当域に侵入した不法占拠者を私たちが排除します。G-1は私の指示に従い、敵の関節部を狙ってください。よろしいですね?」
その声には、一切の疑問を差し挟む余地のない、絶対的な威厳が満ちていた。
俺の論理回路は、目の前で起きている二つの異常事態――巨大なゴーレムの出現と、マスターの豹変――によって、完全にフリーズしていた。
(第15話 了)
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元引きこもりの宇宙船AI「オマモリさん」と、銀河級の爆弾娘「ポプリ」が繰り広げる、ドタバタSFコメディはいかがでしたでしょうか。
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次回『兵は神速を尊ぶ』
酔いが回れば、リスクが上がる。




