第104話『激突! 10億の盾(シェル)』
【姫様、そこを退いてください。……その不浄な看板は、聖域の景観を汚す最たるものです】
守護者ラグナロクのカメラアイが、悲しげに、しかし断固たる意思を持って明滅する。
白い塔の砲門から放たれた閃光は、ポプリたちを蒸発させるためではなく、その背後にそびえ立つ「グルメ・エンペラー本社ビル」の巨大なフォークとナイフの看板を貫くためのものだ。
だが、その射線上には逃げ遅れた観光客や、トカゲ局長が避難している銀行も含まれている。ポプリたちが立ちふさがっている以上、結果は同じだ。
「退かない! 絶対に!」
ポプリとゼインが、巨大なオリハルコン・アワビの殻を構えて射線上に割り込む。
ドッゴォォォォォォン!!!!
着弾。
世界が白に染まり、鼓膜を劈く衝撃音が響き渡る。
「ぐっ……! お、重いぃぃッ!!」
「熱い! 手が焼けるッ!!」
ビームの直撃を受けたアワビの殻が、赤熱し、凄まじい火花を散らす。
二人は必死に踏ん張るが、その足はズズズ……と地面を削り、後退していく。
背後では、グルメ・エンペラーの看板が熱波で歪み、その下の銀行でトカゲ局長が悲鳴を上げているのが見える。あと数メートル下がれば、全員まとめて消し炭だ。
【嘆かわしい……。姫様を盾にするとは、どこまでも卑劣な害虫どもめ】
ラグナロクの認識では、「ポプリが自ら守っている」のではなく、「ゼインたちに盾にされている」と判断されたようだ。
【出力増大。……姫様には申し訳ありませんが、聖域の浄化が最優先です】
ビームの輝きが一段階増す。
殻が悲鳴を上げ、二人の足が地面にめり込む。
『マスター! ゼインさん! 耐えてください!』
俺(AI)は、ただ祈ることしかできない無力さを噛み締めていた。
(くそっ! 俺にエネルギーさえあれば! アヴァロンが動けば!)
その時、俺のセンサーが奇妙な数値変動を捉えた。
灼熱のビームを受け続けているアワビの殻。
その内側で、熱エネルギーが特殊な波長へと変換され、虹色の燐光となって漏れ出しているのだ。
『……解析。波長パターン、青方偏移。……これは!?』
俺のデータベースが、ある事実とリンクした。
古代アステリア王朝のバイオ技術で作られたこの「オリハルコン・アワビ」の殻は、受けた熱や衝撃を高純度の「エーテル・エネルギー」に変換して蓄積する性質を持っていたのだ。
だからこそ、アヴァロンの主砲を受けても蒸発せず、そのエネルギーで自身を「蒸し焼き」にする熱源に変えることができたのか!
(……待てよ。この高純度エーテルは……)
俺は、背後のラグーンに沈黙しているアヴァロンのスペックデータを参照した。
アヴァロンの動力炉は、不純物の多い現代の燃料では動かない。だが、この殻によって濾過・変換された純粋なエネルギーならば……!
(いける……! 宇宙軍から逃げる時に使った「アイギス・システム」*の逆用だ!)
*良い子は第98話を読み直しましょう。
本来、敵の攻撃を吸収して跳ね返す「アイギス・フィールド」。システムがダウンしている今、フィールドは展開できないが、「エネルギー吸収板」自体は物理的に船体に露出している!
『マスター! ゼインさん! 聞こえますか!』
俺は最大ボリュームで通信機に向かって叫んだ。
『そのビーム、ただ弾くだけじゃジリ貧です! ……ここは「美味しくいただき」ましょう!』
「えっ!?」
「いただくぅ!? お前、正気か!」
ゼインが脂汗を流しながら怒鳴り返す。
『正気です! その殻は今、敵の汚れた熱エネルギーを、純粋な燃料に変換しています! 角度を変えて、そのエネルギーを背後の海に沈んでいる「アヴァロン」にぶち込むんです!』
「ええっ!? 自分たちの船を撃つの!?」
『そうです! アヴァロンの艦首にある「アイギス・レシーバー」に直撃させれば、強制的に再起動できる可能性があります! これが唯一の給油方法です!』
「わかんないけど、やる!」
『私がタイミングを指示します! 合図と共に、殻を右斜め後方へ傾けてください!』
「目印は!?」
俺はとっさに、G-1のレーザーマーカーを起動した。
ポプリとゼインが持つ殻の表面に、赤い照準ポイントを投影する。
『あの赤い点の場所を、ビームの中心に合わせてください! そうすれば角度は合います!』
「わかった!」
「チッ、やってやらァ! 失敗したら承知しねえぞ!」
【……消えなさい、不浄なる文明よ】
ラグナロクのビームが最大出力に達しようとした、その瞬間。
『――今です! 角度変更ッ!!』
俺(AI)の合図と同時に、ポプリとゼインが息を合わせてアワビの殻を傾けた。
一瞬の静寂。
そして、物理法則が悲鳴を上げた。
ギャアアアアアンッ!!
ラグナロクが放った灼熱のビームは、オリハルコンの殻に弾かれ、その進路を強引に捻じ曲げられた。
だが、それはただの反射ではない。
殻の内部で濾過された汚濁の熱エネルギーは、虹色に輝く純粋な「エーテル光流」へと変換され、リゾートの夜空を切り裂いて背後の海へと降り注いだ!
【な……!? バカな、我が浄化の光が……曲げられただと!?】
ラグナロクのカメラアイが激しく明滅する。
虹色の光流は、ラグーンに沈黙していたアヴァロンの艦首――露出していた「アイギス・レシーバー」へと、吸い込まれるように直撃した。
ズズズズズ……!
海が沸騰する。
だが、爆発は起きない。
光は全て、渇ききったスポンジに水が染み込むように、アヴァロンの船体へと飲み込まれていく。
『(来た……! エネルギー充填率、急上昇! 50%……80%……120%!? 波動砲かよ!)』
俺のシステムに、歓喜のアラートが駆け巡る。
アワビの殻のエネルギー増幅率は異常だ。満タンどころか、限界突破寸前までチャージされている!
ドクンッ!!
リゾート全域の地面が跳ね上がった。
海面が割れ、大量の海水と共に、白亜の巨神がゆっくりと身を起こす。
『――システム、オールグリーン。動力炉、臨界点突破。……おはようございます、マスター。これより、「躾」の時間です』
アヴァロンの船体が、虹色のオーラを纏って浮上する。
その威容は、先ほどまでの「沈黙の要塞」とは別物だった。溢れ出るエネルギーが物理的な圧力を生み出し、周囲の空気を震わせている。
「アヴァロン!」
ポプリが殻を投げ捨て、歓声を上げる。
ゼインがへたり込む。
「マジかよ……。あの船、敵のビームを餌にして蘇りやがった……」
【……バカな。そのエネルギー反応……。まさか、聖域の守護者たる私に刃向かうつもりですか?】
ラグナロクの砲塔が、アヴァロンに向けられる。
だが、アヴァロン(俺)は動じない。
今の我々には、あのアワビの殻よりも強固な「10億クレジット(借金)」という守るべきものがあるのだ。
『マスター、指示を。あのおしゃべりな塔をどうしますか?』
ポプリは、煤けた顔を拭いもせず、ニカッと笑って指を突きつけた。
「決まってるでしょ! ……お店で暴れる悪い子は、ツマミ出してお説教だよ!」
『了解!』
アヴァロンの巨体が、スラスターを吹かして突進を開始する。
主砲ではない。ミサイルでもない。
全長数キロメートルの船体そのものを質量兵器とした、銀河最大級の「体当たり」だ!
(第104話 了)
最後までお読みいただき、ありがとうございます!
元引きこもりの宇宙船AI「オマモリさん」と、銀河級の爆弾娘「ポプリ」が繰り広げる、ドタバタSFコメディはいかがでしたでしょうか。
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【次回予告】
さて、ご飯を食べて元気いっぱいのアヴァロン。
「お店で暴れちゃダメ!」と、ポプリの怒りのタックルが炸裂します。
守護者ラグナロクもタジタジですが、彼にも「聖域を守る」という頑固なプログラムがありました。
AI同士の口喧嘩、物理による説得、そしてトカゲ局長の悲鳴!
戦いの果てに、ポプリたちは「共存」という名の妥協点を見つけられるのでしょうか?
AIさん、そろそろ「戦艦ラーメン」の夜の部、開店時間ですよ?
次回、『転爆』 第105話『守護者の再就職』
さて




