第102話『食の決戦! 砕けぬ究極食材』
翌日正午。
俺(AI)は、リゾート惑星の中央広場に設置された、特設ステージの調理台に接続されていた。
周囲は銀河中から集まった観客で埋め尽くされ、熱気でセンサーが誤作動を起こしそうだ。
「さあ! 時は満ちた! 飢えたる銀河の民よ、目撃せよ!」
恒星が真上に昇り、無数のスポットライトがステージを照らす。壮大なファンファーレと共に、派手なタキシードを着た実況アナウンサーが絶叫した。
「今、まさに! 10億の賞金を懸けて挑むのは、地獄の料理バトル『グルメ・グランプリ』!! 勝てば富と名声が、負ければ屈辱と破産が待っている! この狂った真昼の宴、実況は私、銀河一のイカしたおしゃべりマシンガン、DJ『ニトロ』マイクがお送りします!」
会場がドッと湧く。
「誰が破産するんだ!」
「殺せー!」
と興奮する観客たちの絶叫が会場を飛び交う。会場の反応を存分に楽しみながらニトロ・マイクが続ける。
「そして解説にはこの方! 銀河中のあらゆる珍味を食い尽くし、その舌には1億の保険が掛けられているという『食の絶対皇帝』! サー・ガストロノミーにお越しいただきました!」
スポットライトが照らし出したのは、椅子ではなく、重力制御で浮遊する「巨大な銀のスプーン」の上に胡座をかいたなんともド派手な爺さんだった。全身金ピカのタキシードを着込み、右目にはカロリー計算用のスカウター・モノクルを装着。 そして何より異様なのは、改造手術で伸ばしすぎた自身の舌を、まるで高級なマフラーのように首にグルグルと巻き付けていたことだ。
「フォッフォッフォ……」
サー・ガストロノミーは、首に巻いた舌をスルスルと解きながら、重々しく口を開いた。
「料理とは破壊であり、創造であり、そして戦争です……。今日の挑戦者たちが、私の舌を満足させられるか。あるいは、食材に殺されるか……見ものですな」
会場から「おおーっ!」と歓声が上がる。思わず(食材に殺されるって、どういうシュチュエーションだよ!?)と不毛なことを考えてしまう己の電子頭脳が憎い……。
「さあ、では選手の入場です!」
スモークが焚かれる中、二組のチームが入場してきた。
「青コーナー! 悪の料理人、『鉄鍋のジャンキー』! その背負ったお玉で、これまで何人の同業者をミンチにしてきたのか!」
「ヒヒッ……。全員、ハンバーグにしてやるよ」
「対する赤コーナー! 突如現れた謎のラーメン屋台! チーム・『アヴァロン』! 借金まみれの王女とレーサーが、賞金10億による一発逆転を狙います!」
「だから誰が借金まみれだ!」
ゼインがエプロン姿で怒鳴るが、歓声にかき消されている。
一方、我がマスター・ポプリは、なぜか「ヘルメット」を被り、巨大な中華鍋(戦艦の装甲板)を背負って手を振っている。
調理場にヘルメット。……これから起きる事態を予測しているとしたら、さすがは野生の勘だ。
「それではテーマ食材の発表です! 本日の食材は……これだァッ!」
ドゴォォォォン!!
ステージ中央の床が割れ、現れたのは直径2メートルほどの虹色に輝く金属光沢の「巨大な岩」だった。
「なんだあれ!?」
「食べ物なのか?」
「石か? 岩か?」
「食えんのかこれ……」
混乱する観客をよそにニトロ・マイクの絶叫が響き渡る。
「出ましたァーッ! 銀河最硬の生物! その殻は戦車の装甲よりも硬く、ダイヤモンドドリルすらへし折るという伝説の怪貝! 『オリハルコン・アワビ』だァーーッ!!」
馬鹿でかい岩の塊のようなアワビが、それぞれの調理台の前にクレーンで吊るされる。
その様子に解説席のガストロノミーが身を乗り出す。
「こいつの中身は『幻の虹色肉』と呼ばれ、食べた者は不老不死になるとすら言われる究極の珍味。……しかし、
その調理難易度はSSクラス。通常のナイフでは傷一つつけられませんぞ!」
「テーマは『硬度』! この無敵の要塞をどう攻略し、どう調理するか!?
それでは参りましょう! 世紀の食のバトル……アレ・キュイジーヌ(調理開始)!!」
ゴングが鳴った瞬間、ジャンキーが動いた。
「オラァッ! 先手必勝だ!」
彼が取り出したのは、包丁ではなかった。工事現場で使うような「高周波振動チェーンソー」だ。
ギュイイイイーン!!
耳をつんざく音と共に、チェーンソーがアワビの殻に食い込む。
「出たァー! ジャンキー選手の得意技、『解体調理法』だ! 料理道具? 知ったことか! これが俺の包丁だ! 切れるものが正義だと言わんばかりの猛攻!」
さらにジャンキーは、怪しい紫色の液体が入ったタンクを取り出す。
「ヒヒッ……! 物理で切れなきゃ、科学で溶かすまでよ!」
ドボドボと液体をかけると、頑丈な殻がジュワジュワと泡を吹いて溶け始めた。
「あれは『マグマ酸』ですな。あらゆる金属を腐食させる劇薬……。なりふり構わぬ戦法だが、確かに有効だ」
ガストロノミーが感心している。
(……料理に劇薬を使用することを「有効」と評価する審査員の味覚センサーを疑えよ!)
と解説に突っ込みを入れている俺だったが、一方、我らチーム・アヴァロンは絶望的な状況にあった。
「おいAI! どうすんだよアレ!」
ゼインがアワビの前に立つが、アワビは殻を閉じて完全防御体勢に入っている。
ゼインが試しに手持ちの整備用スパナで叩いてみた。
カィーン!
高い音がして、スパナの方がへし折れた。
「だあぁッ! 硬ってぇぇぇ!! お、俺の愛用スパナが!」
ポプリも、持ってきたキッチンナイフで切りつけたが、刃がボロボロに欠けてしまった。
「嘘でしょ……? 傷一つ付かないよ!」
俺は再度スキャンを実行した。
『……分析完了。表面硬度はモース硬度15以上。通常兵器では破壊不可能です』
『アヴァロンに積んであるレーザーカッターを使っても、切断には3時間を要します。制限時間はあと50分……間に合いません』
「そんな……!」
ポプリが膝をつく。会場からは容赦のないブーイング交じりの野次が飛ぶ。
「なんだぁ、ラーメン屋は見てるだけかー?」
「やっぱり素人にあの食材は無理だったんだよ!」
横ではジャンキーが、すでに殻の一部を破壊し、中身の肉に到達しようとしていた。
「ギャハハ! どうしたお嬢ちゃん! 泣いて謝れば、俺様の残飯を恵んでやるぜぇ?」
「くそっ……! 万事休すか……」
ゼインが頭を抱える。
その時、俺の演算回路が、一つの「禁断の解法」を導き出した。
リスクは高い。リゾートそのものを吹き飛ばすかもしれない。
だが、これしか勝つ方法はない。
『……マスター。一つだけ、方法があります』
「え?」
ポプリが顔を上げる。
『料理とは「熱」です。どんなに硬い物質も、融点を超えれば柔らかくなる。……ですが、通常の火力では歯が立ちません』
「AI、お前まさか……」
引きつった顔のゼインに俺は答える。
『そうです。アヴァロンの主砲を使うのです』
「馬鹿か、お前! こんなところでそんなもん撃ってみろ! 洒落にならないぞ」
俺はゼノンを見て(カメラを向けて)、一拍置いてから告げた。
『……料理は戦争なんでしょう?』
ゼノンの顔がそのマリンブルーの髪と同じくらい青くなった。しかしポプリは違った。おもむろにすっくと立ち上がると、ヘルメットのバイザーを下ろす。
「やろう! ……全部ぶっ壊して、一番美味しいの作ってやる!」
俺は、アヴァロンのシステムから武器管制システムを起動させると、主砲の照準を極太のケーブルで調理台の前に吊るされたアワビにセットする。
『ターゲット確認。対象、オリハルコン・アワビ。距離、至近。観客席をバイパスさせ目標への直撃を狙う。 エネルギーバイパス、接続正常。……出力、対艦焼夷モードから「調理用・極大火力」へ再設定。 ……やれやれ。星を吹き飛ばせる力を、まさか「焼き加減」の調整に使う日が来るとは……』
もはやこれは調理ではない。軍事作戦だ。
『システム・オールグリーン。……マスター、準備はいいですか?』
「オッケー! いつでもいいわよ!」
反撃の準備は整った。
伝説の戦艦が、その本来の力を「調理」のためだけに解放しようとしていた。
(第102話 了)
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元引きこもりの宇宙船AI「オマモリさん」と、銀河級の爆弾娘「ポプリ」が繰り広げる、ドタバタSFコメディはいかがでしたでしょうか。
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【次回予告】
まな板の上のアワビは、チェーンソーでも傷つかぬ鉄壁の要塞。
ジャンキーの劇薬攻撃に対し、ポプリたちが選んだ手段は、まさかの「戦艦主砲」。
「料理は火力だ!」と放たれた閃光が生むのは果たしてどんな味なのか。
AIさん、あなたこの料理を食べる勇気があります?
次回、『転爆』 第103話『主砲発射! 爆砕オリハルコン・ステーキ』
さて




