第100話『ガス欠の箱舟と、10億の請求書』
「……え? リゾート?」
アヴァロンのメインスクリーンに映し出された、極彩色のネオンと「ようこそ!」の文字。
ポプリ、ゼイン、俺(AI)の三人は、その光景に固まっていた。
【おいAI、話が違うぞ! 未開の聖域はどうした!】
ゼインが叫ぶ。
『データ照合……。どうやら数千年の間に、誰かがこの星を発見し、銀河最大のリゾート地として開発し尽くしてしまったようです』
眼下には、美しい海を埋め立てて作られた巨大カジノ、ホテル群、そして空を埋め尽くす観光客の自家用クルーザー。
隠れ家どころか、銀河で一番目立つ場所だ。
「……やばいよ、オマモリさん」
ポプリが青ざめた顔で言った。
「こんなところにいたら、また宇宙軍に見つかっちゃう! 逃げよう! ほかの星に行こう!」
『同意します。即時離脱を推奨!』
ポプリは慌てて操縦桿を握り、スラスター全開のコマンドを入力した。
「アヴァロン、発進!」
……シーン。
船はピクリとも動かない。
エンジン音すらしない。ただ、空調のファンの音だけが虚しく響く。
「……あれ? 動いてよ、アヴァロン!」
ポプリがコンソールをバンバン叩く。
『……警告。メイン動力炉、反応なし。エネルギー残量、ゼロです』
「えっ?」
『先ほどの「アイギス・バースト」による大脱出と、超長距離ワープで、備蓄エネルギーを最後の一滴まで使い果たしました。……現在の本艦は、ただの巨大な鉄の塊です』
【はあ!? ガス欠かよ!】
ゼインが絶叫する。
ズズズズズ……。
重力制御を失ったアヴァロン(全長数キロ)は、ゆっくりと高度を下げ始めた。
『落下します! 衝撃に備えて!』
「きゃああああ!」
ドッッッパーーーン!!
アヴァロンは、リゾートエリアの沖合、美しいエメラルドグリーンのラグーン(浅瀬)に、盛大な水しぶきを上げて着水した。
津波のような波がビーチを襲い、パラソルが吹き飛ぶ。
「……い、生きてる?」
ポプリが目を回していると、外部通信が入った。
【アロハ~! なんてことしてくれんの、ユーたち!】
画面に現れたのは、アロハシャツを着たトカゲ型の男。このエリアの港湾管理局長だ。
彼はカンカンに怒っている。
【ウチのVIPビーチになんてモン沈めてくれたの! 営業妨害だよ! 今すぐ退去して! さもなくば強制撤去だ!】
「む、無理です! ガス欠で動けないんです!」
ポプリが必死に訴える。
【ガス欠ゥ? ……ハァ。仕方ないねェ】
トカゲ局長は電卓を叩き始めた。
【この星には、高純度のエネルギー・スタンドがある。そこで満タンにすれば飛べるよ。……料金は、この船のサイズだと……ざっと10億クレジットだね】
「じゅ、じゅうおく……!?」
【払えないなら、この船はスクラップにして回収させてもらうヨ。中のパーツを売れば、迷惑料くらいにはなるからネ】
詰んだ。
逃げたいのに、燃料がない。
燃料を入れるには、10億クレジットが必要。
払えなければ、船(と中で眠る5000人の民)はスクラップ。
【期限は1週間だ。それまでに金を用意するか、出ていくか決めな。……チャオ!】
通信が切れた。
「……どうしよう。ゼイン、お金持ってる?」
ポプリが縋るように聞く。
【持ってるわけねえだろ! 俺はレーサーだぞ! 大富豪じゃねえ!】
ゼインは冷たく言い放つと、自分の船(ブルーフラッシュ号)を起動させようとした。アヴァロンの格納庫から無理やり脱出するつもりだ。
【俺はズラかるぜ。あばよ、ポプリ!】
しかし。
【……あ? エンジンがかからねえ?】
『無駄です、ゼインさん』
俺(AI)は冷静に告げた。
『現在、アヴァロンは完全なエネルギー枯渇状態です。格納庫のハッチはロックされ、外部電源がない限り開きません。さらに……』
そこに、港湾管理局のトカゲ男から追撃の通信が入る。
【おっと、言い忘れてたけど。料金が支払われるまで、その母船と、中に積んである艦載機は、当局が『担保』として差し押さえさせてもらうよ~ン。逃げようとしたら、警備衛星が撃ち落とすからネ!】
【な、なんだとォォォーーッ!?】
ゼインが絶叫する。
つまり、彼は「自分の船を人質に取られた」状態だ。アヴァロンが10億払って自由にならない限り、彼もまたここから一歩も出られない。
「……ねえ、ゼイン」
ポプリが、悪魔的な笑みを浮かべてゼインの肩(モニター越し)を叩いた。
「私たち、『一蓮托生』だね?」
【く……くそッ……!!】
ゼインは悔しげにコンソールを叩いたが、すぐに諦めて叫んだ。
【わーったよ! 稼げばいいんだろ、稼げば!! 俺の船をスクラップにされてたまるか!】
やけくそ気味のゼインの声がモニターに響き終わると同時に、ポプリのお腹が、グゥ~……と盛大に鳴った。
「……お腹、すいた」
彼女はフラフラと立ち上がると、アヴァロンの備品倉庫に向かった。どうやら彼女の頭の中にはこの船の構造が入っているようだ。
数分後、彼女が戻ってきた手には、保存食のパッケージが握られていた。
「……これ、美味しいのかな?」
ポプリがパッケージを開け、中の乾燥スープにお湯を注ぐ。
漂ってきたのは、強烈なまでに食欲をそそる、濃厚な香りだった。
「……んぐっ、んぐっ……ぷはぁっ! 美味しい! なにこれ、すっごく美味しいよオマモリさん!」
『……解析。それは古代アステリア王朝の宮廷用保存食「ロイヤル・ラーメン(インスタント)」です。失われた古代のスパイスがふんだんに使われています』
その時、俺の演算回路に電撃が走った。
『……これです』
「え?」
『この星はリゾート地。金を持て余した観光客が無限にいます。そして、この「古代の味」は、現在の銀河には存在しない未知の美味……!』
俺は、リゾートの物価データと、ラーメンの原価率を高速で計算した。
『マスター。10億クレジット、稼げます。アヴァロンのファブリケーターをフル稼働させ、このラーメンを量産し、観光客に売りつけるのです。……名付けて、「戦艦ラーメン作戦」!』
「やる! やるやる!」
ポプリが瞳を燃やした。
「私、看板娘やる! ゼインは客引きね!」
【ちくしょう! やってやらァ!】
こうして、伝説の箱舟は、リゾートの片隅で、前代未聞の営業を開始することになった。
目的はただ一つ。
「ラーメンを売って、10億稼いで、自分の船を取り戻す」。
(俺は難しい顔で両腕を組み、バンダナを締め直した。……イメージで)
(第100話 了)
最後までお読みいただき、ありがとうございます!
元引きこもりの宇宙船AI「オマモリさん」と、銀河級の爆弾娘「ポプリ」が繰り広げる、ドタバタSFコメディはいかがでしたでしょうか。
「面白い!」「続きが気になる!」「ポプリのやらかしをもっと見たい!」
と少しでも思っていただけましたら、ぜひブックマークや、ページ下部の【★★★★★】で評価をいただけますと、作者の執筆速度が3倍になります!(※個人の感想です)
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【次回予告】
さて、燃料切れのポプリたちは、生き残るためにエプロンを締めました。
古代のテクノロジーが生み出す「至高の一杯」は、リゾートのセレブたちを虜にします。
ですが、それが地元の巨大飲食チェーン「グルメ・エンペラー」の逆鱗に触れてしまいました。
「ウチのシマで勝手な真似は許さねえ!」
送り込まれたのは、包丁を持った暗殺者たち!?
AIさん、湯切りの準備はいいですか?
次回、『転爆』 第101話『激突! 鉄鍋のジャンキー』
さて




