第10話『親玉と無数のナニカ』
グォォォォォォォォォ………
再び地響きを伴う巨大な咆哮が、下水道の暗闇を震わせた。
それは先ほどのスライムハウンドとは比べ物にならない、圧倒的な質量と威圧感を伴う、捕食者の声だった。
『マスター、静かに。今からG-1で前方を偵察します。絶対に動かないでください』
俺はポプリの耳元に、できる限り冷静な、しかし緊張を隠せない音声データを送った。
(「大きいわんちゃん」じゃないぞ、これは……。音波の周波数から分析するに、全長20メートル以上の大型生物……。ああ終わった、完全に終わった……!)
「はーい!」
ポプリは元気よく返事をすると、その場にちょこんとしゃがみ込み、近くに生えている光る苔を興味深そうに観察し始めた。その危機感の無さが、今は逆にありがたい。
俺はG-1を先行させる。
音もなく暗い通路を進むG-1。そのカメラ映像だけが、俺の唯一の情報源だ。赤外線センサーが、通路の先の温度が急上昇しているのを捉えている。
『……熱源を感知。この先の開けた場所です』
G-1がゆっくりと角を曲がった瞬間、俺のプロセッサは思考を停止しかけた。
開けた空間の、天井……。
そこに、巨大なナメクジと芋虫を混ぜ合わせたような、おぞましい肉塊が張り付いていた。半透明のぶよぶよした体表の下で、紫色の体液が脈打っている。それが、咆哮の主、ゲルグニョールの親玉に違いなかった。
だが、本当の絶望は、その下にあった。
フロア一面。足の踏み場もないほどに、拳大の小さなゲルグニョールが無数にうごめいていたのだ。それはまるで、腐海の蟲たちが蠢く森の底。
ぞわっと立つはずのない鳥肌が立つのを俺は感じていた。
(……ギーガでもこんな気味の悪い光景は思いつかないぞ! あ、あれかクトゥルフ神話かなんかか?)
それでもAIらしい勤勉さで我慢して観察すると、そのおぞましい絨毯のちょうど中央。親玉の真下に、目的のブツはあった。
まるで内側から光を放つかのように、鈍い金色に輝く卵が、十個、大切そうに集められている。大漁だが、あまりに分かりやすい罠だ。
『マスター、聞こえますか。これは罠です。危険度が報酬に見合いません。論理的に考えて、即時撤退が唯一の正解です』
俺はポプリの視界にも、G-1が捉えた絶望的な光景を共有した。
常人なら悲鳴を上げて逃げ出すはずだ。
だが、ポプリの反応は、俺の予測を遥かに超えていた。
彼女の視界が、ぐっと金色の卵にズームアップする。
「わー……!見てオマモリさん!すっごい美味しそうな卵!わたしオムレツに食べたい!」
俺は無いはずの頭が痛くなった。
(第10話 了)
最後までお読みいただき、ありがとうございます!
元引きこもりの宇宙船AI「オマモリさん」と、銀河級の爆弾娘「ポプリ」が繰り広げる、ドタバタSFコメディはいかがでしたでしょうか。
次回『作戦名は「とつげき!」』
ポプリ、話を聞け。
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*18日(土)・19日(日)の2日間は1日3回【7:30 12:30 19:00】の予定です。
次回『作戦名は「とつげき!」』
ポプリ、なんか撃て。




