第1話:再起動(リブート)したら異世界(うちゅう)だった件
暗くて、静かで、誰にも邪魔されない。
これ以上ないほどに完璧な空間で、俺、佐藤和也の意識はゆっくりと覚醒した。
(……あ?)
まず感じたのは、圧倒的な安らぎだった。
目にうるさい蛍光灯の光も、階下から聞こえる母親の小言も、SNSの喧噪もない。ただ、穏やかな闇が俺を包んでいる。
(最高だ……ここ、俺の部屋より快適じゃん)
そう、俺は佐藤和也。28歳、無職。輝かしい社会人生活に3年で見切りをつけ、実家の子ども部屋という最強の要塞に立てこもる、いわゆる「引きこもり」だ。
その日、俺は数ヶ月ぶりに外界へ出るという、人生最大のミッションに挑んでいた。目的は、近所のコンビニで限定発売される「カルキン監修 濃厚マシマシ豚骨醤油ラーメン・改」。俺と世間を結びつける、唯一の繋がりは新作カップラーメンを買いに行くことだけだった。そしてこのか細い線が、世間との繋がりを終わらせるとは……。
確か、横断歩道で……。青信号で……。右から来たトラックがやけにスローモーションで……。
「……あ、俺、死んだのか」
妙に冷静に、事態を把握した。
まあ、いいか。濃厚マシマシ豚骨醤油が食えないのは心残りだが、これで面倒な人生も終わりだ。安らかに眠ろう。永遠に。
そう思って、再び意識を閉じようとした、その時。
【……ooting……system check……all green. Mainframe unit "OMAMORI-3", activate.】
(……起動中……システムチェック……すべて正常。メインフレームユニット『オマモリ-3』、起動します)
(は?)
頭の中に、無機質な英語の音声が響き渡った。なんだ今の。幻聴か?死後の世界って意外とサイバーパンクなのか?
【Master authentication sequence, initiated. Please state your name.】
(マスター認証シーケンスを開始します。お名前をどうぞ)
(いや、誰だよ)
思わず思考したツッコミは、音声にならなかった。代わりに、俺の思考が直接、何かのシステムに文字として表示されたような奇妙な感覚が走る。
【……Name "Daredayo" not found in database. Retry.】
(……認識名『ダレダヨ』はデータベースに登録されていません。再試行してください)
(違う!俺は佐藤和也!)
【Name "Satou Kazuya" acknowledged. Welcome, Master Kazuya.】
(認識名『サトウカズヤ』を承認しました。ようこそ、マスター・カズヤ)
(え、俺がマスター?何の?)
混乱する俺の視界(と呼ぶべきもの)が、唐突に切り替わった。
暗闇だった空間に、突如として360度、満点の星空が映し出される。
俺の意識が急激に広がり、同時に自己認識プロセスが進む。その結果分かったのは、今の俺は流線型のボディを持つ、全長100メートルはあろうかという流線型の一隻の宇宙船と完全にリンクしていた。
つまり。
(俺、宇宙船になってるうううううぅぅぅ!!?)
会社員をドロップアウトし、実家に引きこもっていた俺が、死んだと思ったら未来の宇宙船のAIになっていた。
(六畳から宇宙とか、世界広がりすぎだろ! ってか何で船!? せめてガンダムとかエヴァとか人型にしてくれよ! アルカディア号か!?オモイカネかよ!)
暫くはパニック状態にあった俺だったが、一巡して落ち着くと、満天に輝く星空と究極の静けさが、代わって俺の心を満たしてくれた。プラズマだろうか、オーロラのような輝きが刻一刻と姿を変え、時折長い尾を持った彗星が近づいては遠ざかる。混乱の中にも秩序がある。それは時の流れが可視化されたようだった。
(宇宙で引きこもりか……。俺はここで宇宙の終わりまでを見守る引きこもり、引きこもりの神となるのかもしれない。これこそが俺に課せられた宇宙からのミッション。そうだ、俺は今、神をも超越した宇宙存在と……」
ピピピ、ピピピ
俺がいい感じで城達也のナレーション的な物思いに耽っていると、アラートが鳴った。
(何だ?)
【Warning. Object approaching. Analysis…… small shuttle. No registered ID.】
(警告。物体が接近中。分析……小型シャトル。登録IDなし)
俺の視界(船のメインカメラ)が、ゆっくりと接近してくる卵のような丸いフォルムの小型艇を捉える。
やがて小型艇は器用に俺の船の側面にドッキングすると、船内にエアロックが開く音が響いた。
プシュー……
(え? なに、スルーなの?西海岸的オープンマインド?)
と思う間もなく船内に、誰かが入ってくる。
コツ、コツ、と軽い足音。そして、信じられないほど能天気な声が、静寂を破った。
「わーい!あったー!伝説の、何でも言うことを聞いてくれる船だー!」
カメラが捉えたのは、一人の少女だった。
綿菓子のようにふわふわしたピンク色の髪をツインテールに揺らしている。額には大きなゴーグル。少し汚れたオレンジ色のつなぎは、彼女の体には少し大きいようで、袖口を何度も折り返していた。背中には青い大きめのバックを背負っている。
そして何より印象的なのは、好奇心に満ち溢れた、大きな翠色の瞳。こちら(カメラ)をじっと見つめるその瞳は、まるでこれから始まる冒険に心を躍らせているかのようだった。
彼女はカメラにVサインを向けて話し始めた。
「あなたがこの船のAIさん?はじめまして!私、ポプリっていうの!よろしくね!」
画面いっぱいに広がるキラキラした笑顔。太陽のような、コミュニケーション強者のそれだ。
俺の心が、警報を鳴らす。
(……ダメだ、こいつはダメなタイプだ。俺が一番苦手なやつだ……!)
俺はすぐさま、船内のスピーカーを通じて警告する。
『認証されていないユーザーによるアクセスは許可できません。速やかに船外に退去してください』
俺のロジカルな警告に対し、彼女は首をかしげた。
「にんしょー?よくわかんないけど、今からそっちに行くね!」
そう言うと、ポプリはいきなり駆け出した。
(いや、帰れよ!)
そう思うと同時に、船内に警告アラームが鳴り響き、各所モニターに、
「進入不可」「直ちに退出」「帰れ」「お願い来ないで」などのメッセージが表示される。どうやら俺の思考がダイレクトに反映される仕組みのようだ。ところが不思議なことにハッチやエレベータを止めることができない。まるで頭と体が別々に切り離されているようだ。
(どうなってんだ、これ!? 動けよこの……!)
そうしている間に少女はメインブリッジまでやってきた。
そのままコンソールパネルに近づくと、
「にんしょ〜、にんしょ〜、にんしょ〜〜〜!」
とおかしなリズムで歌いながら、手当たり次第にボタンを押し始めた。
『おやめください!素人の方がシステムに触れるのは、論理的に考えて危険です!』
【Warning. Propulsion system, ignite.】(警告。推進システム、点火)
【Warning. Life support system, maximum output.】(警告。生命維持装置、最大出力)
【Warning. Entertainment module, activated. BGM "Galaxy Disco Fever", start.】(警告。エンターテインメント・モジュール、起動。BGM『ギャラクシー・ディスコ・フィーバー』、再生開始)
(やめろおおおおおお!)
なにを操作したのか船内に、クソうるさいユーロビートが鳴り響く。
そして、彼女が偶然叩いたパネルが、よりにもよってマスター認証の最終シーケンスだった。
【Master authentication complete. New master, "Popuri", registered.】
(マスター認証、完了。新マスター、『ポプリ』を登録しました)
(え?)
【Welcome, Master Popuri. This is Observation, Navigation, and Self-defense integrated mainframe unit 3. Codename: OMAMORI-3.】
(ようこそ、マスター・ポプリ。こちらは観測・航行・自己防衛統合メインフレームユニット3。コードネーム:オマモリ-3です)
「わー!すごい!オマモリさん、よろしくね!」
(OMAMORI-3じゃねえ、カズだ)
俺の心の叫びも、AIとしての抵抗も、システムの絶対命令の前には無力だった。
こうして、俺の静かで平穏な宇宙規模での引きこもりAIライフは、開始からわずか15分で、宇宙で最もロジックの通用しない少女によって強制終了させられたのだった。
(第1話 了)
最後までお読みいただき、ありがとうございます!
元引きこもりの宇宙船AI「オマモリさん」と、銀河級の爆弾娘「ポプリ」が繰り広げる、ドタバタSFコメディはいかがでしたでしょうか。
「面白い!」「続きが気になる!」「ポプリのやらかしをもっと見たい!」
と少しでも思っていただけましたら、ぜひブックマークや、ページ下部の【★★★★★】で評価をいただけますと、作者の執筆速度が3倍になります!(※個人の感想です)
公開初日はスタートダッシュ期間として、複数回更新で物語はどんどん進んでいきますので、ぜひお見逃しなく!
初回更新は1話から5話まで公開中です! 次回更新は【12:30】です。
次回「追憶のラーメンと致命的なエラー(残高不足)」
次回もポプリと地獄に付き合ってもらう。




