第9影なき運命
闇に包まれた森の中、レイの心は冷静に戦略を練っていた。彼が持つ「虚無(空虚)」の力は、ただの破壊ではない。吸収し、奪い取り、そして再構築する力だ。しかし、その力は使うほどに自分自身の存在が薄れていくという代償があった。
「もし、この力を使い続ければ、俺は何者でもなくなる…いや、すでにそうなのかもしれない」
そんな思考をよぎらせながらも、レイは目の前の女に集中した。彼女は「神殿の番人」と呼ばれ、強大な魔力で守られた異世界の門を守っている者だった。
「お前のような存在が、我々の世界に現れること自体、許されざることだ」と彼女は告げた。
レイは冷たく笑みを浮かべた。「許されるかどうかは関係ない。俺はここにいる。俺の力で、この世界を踏み潰すこともできる」
戦いは激化した。女の魔法の刃が飛び交い、レイはその一つ一つを虚無の力で打ち消した。だが、その度に彼の身体は少しずつ消えていく感覚に襲われた。
「くっ、俺はまだ…まだ負けるわけにはいかない…」
その時、遠くから微かな声が聞こえた。
「レイ!」
声の主はユイ。彼女はレイを慕う数少ない存在の一人で、優れた治癒魔法を操る魔導士だ。彼女はこれまで陰からレイを支えてきた。
「ユイか…来るな、危ない」
「でも、放っておけないわ。あなたは一人じゃない!」
ユイが放った光の魔法がレイの傷を癒し、消えかけていた存在感をほんの少しだけ取り戻させた。
「ありがとう…だが…」
「その力…使いすぎないで。あなたの魂が…」
「わかっている。でも俺にはこれしかない」
戦いは続き、やがて女のローブが裂け、その下から一人の少年が現れた。
「レイ、お前の正体を暴く時が来た」
少年の名はセレン。異世界の秘密結社の一員で、レイを狙っていた。
「俺の正体?何を言っている?」
「お前はこの世界の“虚無”そのものだ。存在しないはずの力を持つ者。だが、その力は呪いだ。使い続ければ自我は消え、ただの空虚な殻になる」
レイは歯を食いしばった。「それでも構わない。俺は何者でもいい。力さえあれば…」
セレンは冷たく笑った。「その傲慢が、お前の破滅を招くだろう」
その瞬間、レイの中の虚無の力が暴走を始め、周囲の空間が歪みだした。
「これが…俺の力だ!」
だが、それは同時に彼の存在を薄れさせ、まるで消えゆく影のように消滅の縁に立っていることを意味していた。