第2話:魔境の王は、静かに牙を研ぐ
白銀の吹雪が、全てを呑み込むように荒れ狂っていた。
人の気配など一切ない。魔物ですら、生きていけぬとされる“死の領域”。
そこに、ひとりの少年がいた。
黒崎レイ。
この世界から見捨てられた“無能”の烙印を押された少年。
だが今、その瞳は静かに燃えていた。
> 「《影喰い》……他者のスキルを飲み込む能力か」
魔獣から吸収したばかりのスキルが、体の奥で脈打つように馴染んでいく。
> 「これが、虚無の力……」
満たされる感覚とは違う。
むしろ、空腹が深まっていくような錯覚。
もっと、もっと……と渇望がレイの中で唸りを上げていた。
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彼は、雪に覆われた洞窟に身を隠していた。
小さな焚き火を作る術もない。だが、虚無の力を使えば――
> 「……この木、存在ごと消す。熱エネルギーだけ残して」
黒い靄が木片に絡み、瞬時に消える。代わりに、暖かい空気が広がった。
「なるほど。分解じゃない。否定か……存在を“なかったこと”にする力」
己の力の性質を、冷静に分析していくレイ。
だが、そのとき――
洞窟の奥から、鈍い気配が這い寄ってきた。
咆哮。
それは、先ほどの魔獣とは比べ物にならぬほどの威圧感を放っていた。
> 「……あれは」
現れたのは、漆黒の四足獣。
巨大な影の狼――“深淵狼”
Sランク級魔獣。
通常なら冒険者パーティーでも全滅するような存在。
レイの心は……震えなかった。
むしろ、彼は唇を吊り上げて笑った。
> 「いいな……その力、欲しい」
牙を剥いて飛びかかる狼。
だがレイは、その攻撃を半歩で回避し、右手をかざした。
> 「喰らえ、《虚無》」
一瞬、空間が歪んだ。
そして次の瞬間――
【スキル《深淵の咆哮》を吸収しました】
【スキル《魔影疾走》を吸収しました】
【スキル《夜眼》を吸収しました】
狼の肉体が崩れ、消えていく。
虚無に飲まれ、魂さえも喰らい尽くされたのだ。
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レイは静かに息を吐いた。
> 「あれが、Sランク魔獣か……まだ足りない」
その言葉に、誰が震えるだろうか。
人が足を踏み入れてはならぬ魔境の中で、彼は確かに“進化”していた。
> 「あいつらの顔……まだ覚えてる」
「俺を無能と呼んだ、あの目。軽蔑と笑いと……吐き気がするほどの優越感」
「いいさ。全部、返してやるよ」
闇の中、レイの背に黒い影が羽のように広がった。
それは、まだ誰にも気づかれていない。
魔境にて静かに牙を研ぐ――次なる覇者の姿だった。