第1話:無能と断じられ、虚無が目覚める
視界が白い光に包まれた。
まばゆい閃光の中で、黒崎レイはゆっくりと目を開けた。
「……ここは……?」
目の前には、大理石でできた荘厳な大広間。金と宝石で装飾された王座。整列する騎士たち。そして――
玉座の前に立つ、一人の女神。
金髪碧眼、背に光の翼を持つその存在は、まるで神話から飛び出したような美しさだった。
「……あれ、俺たち……呼ばれた?」
隣で誰かがそう呟く。
そう、ここにいるのはクラスメイトたち――高校三年生、24人。
どうやら、俺たちは異世界に召喚されたらしい。
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「皆さん、よくぞお越しくださいました」
女神は微笑み、語りかける。
「この世界は魔王によって滅びの淵に立たされています。皆さんには“勇者”として、この世界を救っていただきたいのです」
それを聞いたクラスメイトたちは騒ぎ始める。
「マジかよ、異世界転生!?」
「うお、チートスキルとかあるんじゃね?」
「俺、やっと主人公になれるのか……!」
だが、レイだけは黙っていた。周りと違って、心が浮き立つことはなかった。むしろ、胸の奥に嫌な予感が渦巻いていた。
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「では、皆さんのスキルを確認しましょう」
女神が杖を掲げ、光が生徒一人一人に降り注いでいく。
「火炎剣――攻撃型Sランク」
「聖光魔法――回復型Sランク」
「絶対防御――守備型SSランク」
次々と強力なスキルが告げられ、歓声と羨望の声が上がる。
そして、レイの番が来た。
女神は光を彼に向け、杖を振る。
だが――
「……?」
女神の表情が曇る。
もう一度、彼女は確認する。
だが結果は変わらなかった。
> 「黒崎レイ――スキルなし。確認不能。評価:無能」
一瞬、時間が止まった。
「え? マジで?」
「無能って……何それ」
「バグ? それとも……まさか、呼ばれるべきじゃなかった?」
静寂の中、誰かが笑った。
「ぷっ……はははっ、マジで無能かよ! お前、なんのために呼ばれたんだよ!」
「いやー、こんなやつと一緒に来たとか運悪っ」
クラスの人気者、剣士ケンが嘲笑を隠そうともしない。
だが、もっともレイの胸を刺したのは――
「やっぱり、あんたって……そういう人だったんだね」
そう言ったのは、ミナ。
クラスの中心にいた少女。かつてレイが、ただ一人、好意を抱いていた存在。
「静かにしてて影が薄いと思ってたけど……まさか、何も持ってないなんて。存在してる意味ある?」
彼女の言葉は、レイの胸に深く突き刺さった。
だが――もっと残酷なのは、女神だった。
> 「役に立たぬ者に、加護は与えられません。彼は“世界のため”には不要です」
「王よ、この者を魔境へ追放してください。自然の摂理に任せましょう」
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――そして、レイは捨てられた。
氷と闇に包まれた魔境。ここは、生きる者のいない死の大地。
息が白く霧になる。風が骨に刺さるほど冷たい。
レイは一人、雪に膝をついていた。
> 「……無能、か」
> 「存在してる意味、ある? だと?」
ゆっくりと、彼は笑った。
薄く、冷たく、壊れたように。
> 「ふざけるなよ……この世界が」
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その時だった。
胸の奥が、黒い炎に包まれるような感覚に襲われる。
世界が揺らぎ、視界が反転する。
> 【スキル《虚無》が発動条件を満たしました】
【条件:世界への信頼の喪失、存在の否定――達成済み】
その瞬間、彼の中にあった“何か”が目を覚ました。
虚無。
すべてを飲み込み、すべてを消し去る“無”の力。
そして、目の前に現れたのは、漆黒の魔獣。
牙を剥き、レイに飛びかかってくる。
だが――
レイは微動だにしなかった。
その瞳は、すでに人間ではなかった。
> 「喰らってやるよ。お前のスキルも、命も、全部な」
手を伸ばした瞬間、黒い霧が魔獣を包み――
【スキル《影喰い》を吸収しました】
一瞬で、全ては“無”に帰した。
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レイは立ち上がった。
冷たい風が吹き抜ける中、彼の中には確かな熱が宿っていた。
> 「俺は無能なんかじゃない……虚無なんだ」
「この世界を喰らい尽くすまで、俺は止まらない」
彼の影は、闇よりも濃く。
彼の心は、氷よりも冷たく。
そして――
ここに、“虚無の覇者”が生まれた。