死んだ俺、転生先は何と悪役令嬢の執事でした
「おいイバン、紅茶を淹れるのじゃ」
椅子に座りながら、図々しく命令したカーティスに、俺は苛ついていた。
「はい、今すぐに……おっと手が滑った!」
そう言われ頭を叩かれたカーティスは、手で頭を抱え、痛そうにしていた。
「!?……何をするんじゃ!!」
「はぁ?それ相応の対応をしてほしいなら、給料を上げてください」
そう、この令嬢は使用人の給料を銅貨30枚(日本円で700円)にし、今まで一度も上げてないのだ。せめてもの救いは、毎週日曜日に給料を貰える事だが、それでも年収は36400円である。
「仕方ないんじゃ、私の家は貴族の中でも貧乏で…」
「というのは嘘で、原因はお嬢様の出費が激しいからですよね?」
カーティスは「何で分かるの?」と言わんばかりの顔をこちらへ向けた。
「そりゃ分かりますよ、前に会計係の使用人が、館の人全員にそれをバラしましたから」
それにしてもこのお嬢様は何故12歳のくせに「じゃ」なんて言う語尾を使うのだろうか。
「給料が少ないと言ったが、そもそも私の美貌を拝める事自体も給料なのじゃぞ!」
こいつは何を言ってるのだろうか。
「フッ」
「あ!今、鼻で笑ったのじゃ!!」
「うるさいですよお嬢様。ご近所に迷惑です」
「お前、クビにするぞ!!」
お嬢様は小刻みに俺の足を蹴ってきたが、
いつもの事だ、問題ない。
─翌日─
実を言うと、カーティスは王位継承争いに参加している。そして今日はそれに参加している令嬢、つまりライバルとの会談なのである。
「不安」
「何故お前が不安を感じるんじゃ…」
「性格的にも、年齢的にも不安ですね」
「失礼じゃ」
そのライバル、レオカディアは結構有名な貴族の生まれで、正直カーティスが勝てる見込みはほとんど無い。とは言えカーティスも何か策をこうじてるのだろうし、今は信じるしかない。
街に着き道中を歩いてると、何やら周りからのひそかな悪口が聞こえてくる。しかも全てカーティスに対する言葉だった。
「お嬢様、どうされましたか?」
カーティスは突然立ち止まり、俯いた。
「私が何をして…」
俺はそんな様子にため息をつき、カーティスの背中を押した。
「ほらほら、批判なんて僕で聞き飽きてるはずですよ。今さら気にしないでください」
「で、でも…」
「さっきまでの威勢はどうしたんですか?…前を向いてください、今の敵は一人だけですよ」
そしてカーティスは、レオカディアの住む館の方へ顔を向け、やがて進みだした。
「お久しぶりですね、カーティス様」
会談と言っても、部屋の周りには侍女を張り巡らせており、緊迫感があった。
「は、はい…久しぶりですね、レオカディア様」
カーティスは語尾の「じゃ」を忘れるほどに緊張しているようだ。しかしレオカディアとはさすがな美貌をもつようだ。それに比べてこっちの令嬢は…………俺はため息をついた。
「何のため息じゃ!!」
レオカディアの側には同じく執事がおり、何故か俺を凝視していた。すると、レオカディアは手を叩き、侍女に紅茶を持ってこさせた。
「まあ何ですし、来てくれたお礼にどうぞ」
そのまま彼女は微笑んだ。
前世は刑事だったから分かる、この目は、この表情は、人を殺す奴の顔だ。
「ちょっと失礼!」
紅茶を飲もうとしたカーティスの手から、その紅茶を奪い、ともに置かれたスプーンを浸した。
しばらくして、浸したスプーンは変色した。
「間違いない…毒だ。しかもヒ素の」
周囲はその言葉に騒ぎだし、カーティスは驚きながら、俺の方を見た。
「なんて事を……本当に殺す気か」
ヒ素は、短期間で大量に摂取したら体調不良になるが、身体が弱かったりすると最悪の場合、死に至る。そう、カーティスはそれに当てはまるのだ。
「あら、毒が入っていたの、それは失礼」
「でも何故あなたはそれが分かったのかしら……もしかして、貴方が毒を盛ったのではないですか?」
周りの反応は、すぐにレオカディアを肯定する声へと変わった。俺はその状況に苛つきながらも、何もする事が出来なかった。
「違う!!イバンは毒なんて盛らない!」
「イバンは…私の執事は…普段、文句ばかり言うが私の世話をちゃんとしてくれて、そして何より…私を肯定してくれた!!」
突然の大声に、俺も含め全員が沈黙した。
語尾を忘れたその言葉は、俺を褒め、肯定していた。
「それで?そんな事は証拠になりませんよ」
カーティスはすぐさま俺の持つスプーンを奪い、レオカディアに見せつけた。
「銀製のスプーンは毒であるヒ素に反応して変色するんじゃ、イバンはおそらくこれで気付いたのじゃろう」
周りがその事に驚いている間、俺はカーティスがそれを知っている事に驚いていた。
「なるほど、そうでしたか…ならばこちらの使用人がしたのでしょう、これは失礼でしたね」
毒を盛り、あろう事か使用人に責任を押し付けるとは、これだから異世界の中世は嫌いなのだ。
すると、カーティスが立ち上がり、部屋から出ようとした。
「レオカディア様、これだけは覚えてください…私はいずれあなたを蹴落とし、そして必ず王に成ってみせます!!」
「それは…楽しみにしてますね!」
そして、カーティスは館を去った。
「所々、語尾ぬけてましたけど、その方が綺麗で良いですよ」
「黙るのじゃ」
「はぁ…お嬢様は本当に人の話を聞きませんね」
「余計なお世話じゃ!」
俺の名前はドルフ。レオカディア様の執事だ。
「お嬢様、そろそろ行きましょう…」
「さっきの執事、一瞬で毒だと判断するとはね」
レオカディアは俺の言葉を無視し、席を離れようとしなかった。
「誰にも気付かれないはずが、一瞬で分かってしまうなんて…」
この流れはまずい。
「興奮するわ〜!!」
「うわ、気色悪…」と思いつつも、再び移動を催促する事にした。
「そうね…じゃあ行きましょうか」
さっきの執事もそうなのだろうが、この仕事はいつでも苦労が絶えない。
「お互い、苦労するな…」
「え?どうかしました?」
「いえ、何も」
─数日後─
あの会談からというもの、館には緊迫した雰囲気が醸し出されていた。しかし、カーティスはいつも通りである。本当に、少しは自分の言った事に責任を持ってほしいものだ。
だが、こんな空気感でも災いは起きる。
それを示すように、俺の目の前には何故か携帯が落ちていた。この世界にはもちろん携帯なんて存在しない。試しに取ってみることにした。
「もしも〜し!」
冗談まじりに言った瞬間、突然携帯が鳴りだした。驚愕すべきなのだろうが、俺は落ち着いて、電話に応答した。
「お前、元の世界に帰りたくないか?」
それは女性の声で、若々しく聞こえた。
「帰れるのですか?本当に…」
「あぁ、そうとも…」
「おっと自己紹介を忘れたな、私の名前は…まあ神で良いか、そう呼べ」
こいつ、神って名乗ってるくせに大分アバウトだ。
「…お前を異世界に転生させたのは私なのだが、実のところ…もう帰ってほしいのだよ」
「え?もしかして、僕を転生させたのは何か意味があってのことだったのですか?」
「いや、ただ単に暇つぶしで飛ばしただけだ」
俺は即座に電話を切った。
しかし、すぐにまた電話が掛かってきた。
「切るな!」
「じゃあもっとまともな事を話してください」
「はぁ、仕方ないだろ…何やら神の制約に違反してたそうで、今すぐ帰らせろと言われたんだ」
この神は、ほとんど自分のせいだと気付いているのだろうか。
後の話しでは、とある魔法陣を床に描き呪文を唱えれば帰れるため、それをやってくれと言われた。しかも丁寧に写真付きで。
本人の性格は丁寧ではないが。
「おいイバン、何をしておる?」
「魔法陣を書いてます」
「ここがどこか、分かっているのか?」
俺は沈黙し、周りを見渡した。
「お嬢様の部屋ですね」
「お前本当に、解雇にするぞ」
言葉がクビから、解雇になっていることから、本気度が伝わってくる。
「仕方ありませんよ、共用部屋でするのは皆に迷惑が掛かりますし…」
「ここでも、私の迷惑になるじゃろ!!」
この館は部屋が少なく、使用人の部屋は仕方なく3人共用になっているのだ。
カーティスからの妨害を受けながらも、何とか魔法陣を書けたので、再び神に電話を掛けた。
「出来たか…じゃあ、呪文を私に続いて唱えろ」
神がとある呪文を唱えたため、俺も真似して唱え始めた。
「ワレ、ゲンセ二カエルール……って、呪文ださ…」
その瞬間、魔法陣の上に門が現れた。
これを通れば現世に帰れるのだろう。
「うわぁ!?何じゃこれは?」
「そういや言ってませんでしたね、僕は実は転生者なのですよ、なので今から現世に帰ろうかと…」
カーティスは突然の事に驚き、俺の話しが理解出来ていないようだった。
それに見かねて、俺は門に入ろうとした。
「どこかへ行くのか?」
「はい、現世に」
「……帰ってくるのか?」
「分かりません、もうここには帰れないかもしれないので…」
確かに、帰ってしまえばもうここに戻れなくなる。だがおかしい、この生活が嫌だったはずなのに、まだここに居たい自分がいる気がする。
すると、カーティスは俺に抱きついてきた。
「駄目じゃ!!行ってはならん!」
手をどけようとしたら、カーティスは俺の顔を見た。その時のカーティスは、目から涙を零していた。
「行かないでよ…」
俺は考えた。
このまま元の世界に戻ったとしても、俺は刑事のまま、しがない人生を送るのだろう。しかし今はどうだ。不満はあるが、異世界で執事として生きた事、この人生は、
楽しかったのではないだろうか。
俺は足を止めた。
「給料上げるから…」
「言いましたね!じゃあ3倍…いや4倍…やっぱり5倍にしてください!」
「どんどん強欲になってないか!?」
やがて後ろに下がり、魔法陣の一部を足で消した。そしたら、門は閉じた。
そして電話を掛けた。
「おい…何で戻ってないんだ、早く門に入れ!」
「嫌ですよ、僕は決めました…ここで二度目の人生を送ると」
「は?ちょっ、お前ふざけっ…」
俺はすかさず電話を切り、カーティスの方を向いた。
「まあ……退職届はまだ出さないことにしましたので、これからもよろしくお願いします」
俺はそう言い、カーティスへ笑いかけた。
あの出来事から、しばらく経った。
街も、館も、すっかり雰囲気が落ち着き、平和と言ってもいいぐらい穏やかになった。
しかし、給料を今だにケチり、傲慢さを無くす事を知らない、こんなどう考えても悪役令嬢としか認識できないお嬢様の世話を、俺はしなくてはならない。
「おいイバン、目覚めのコーヒーを淹れるのじゃ」
「はい、今すぐに…」
カーティスは置かれたカップを持ち上げ、目を閉じながらそれを飲んだ。
「なぁ、これ水なのじゃが?」
「コーヒーは、お嬢様にはまだ早いですよ」
何はともあれ、今日も俺は悪役令嬢の執事をする。
まずは、お読みいただきありがとうございました。
この作品は、悪役令嬢の小説を書きたすぎて、
書いてしまったものですが、
自分的にはすごく満足した出来になりました。
これを読んだ皆様も、どうか満足してもらえたら、とても嬉しいです。