灰燼の都への道
焼け焦げた大地を、三つの影が進んでいた。
乾いた風が吹き抜けるたび、砂塵が舞い上がり、あたりの視界をぼやけさせる。
「ここが“灰燼の荒野”か……」
光一は額に手をかざし、地平線を睨んだ。
どこまでも続く灰色の大地。
かつては人類の誇りと呼ばれた都市国家の跡地だ。
「遠くに見えるのが“灰燼の都”だ」
ノアが冷静に告げる。
彼の視線の先には、崩れた高層ビルの影がぼんやりと浮かんでいた。
その風景は、まるで朽ちた骸骨のようだった。
「行こう」
光一が歩き出そうとした、その時だった。
「待って、なにか来る!」
ルナが鋭く声を上げた。
地面が微かに震えている。
「……敵だ」
ノアが静かに呟く。
そして、その言葉の直後、土煙を上げて何かが突進してきた。
◆ ◆ ◆
姿を現したのは、一体の異形の武者だった。
全身を黒鉄の鎧で覆い、赤く光る単眼が、不気味に輝いている。
武者の背には、無数の刃が生え、その一つ一つが奇妙な金属音を響かせていた。
「ロボ武者型AI、“朽武”だ」
ノアが目を細めて言った。
「こいつは、灰燼の都を守る番人。感情はないが、任務だけは徹底している」
「喋るんだな」
光一が剣を抜きながら苦笑した。
「まるで人間みたいな風格じゃないか」
「それが逆にやっかいだ。迷いがないからな」
ノアの目が鋭さを増す。
「だったら、迷わずやるまでさ!」
光一が駆け出した。
剣の刃に、水の魔力がまとわりつく。
「水刃――流水斬!」
青い軌跡を描きながら、剣が朽武に向けて振り下ろされる。
しかし、朽武は難なくそれを受け止めた。
巨大な鉄の刀が、光一の剣と火花を散らす。
「なっ、硬い……!」
光一が歯を食いしばる。
「後ろ、甘い!」
ノアの声が飛ぶ。
刹那、朽武の背後から、細い刃が飛び出し光一を狙う。
だが、その瞬間――
「甘いのはあんたよ!」
ルナが跳び込んできた。
手のひらから炎の矢が放たれ、飛来する刃を焼き払う。
「助かった!」
光一が息を整えながら、再び剣を構える。
「連携しろ!」
ノアが短く指示を出す。
「俺が後方から援護する! ルナ、右から回り込め!」
「了解!」
「わかった!」
ノアは腕を伸ばし、掌に淡い光を集める。
水晶の心臓の力が、彼の魔法回路を増幅させていく。
「氷鎖――凍結せよ!」
地面から氷の鎖が伸び、朽武の脚を縛り上げた。
「今だ!」
ルナが駆け寄り、炎の魔法をまとった蹴りを叩き込む。
「灼熱蹴脚!」
朽武の側面が火に包まれ、装甲が焼き焦げる。
光一が追い討ちをかける。
「これで終わりだ!」
剣に全力の水の魔力を込める。
「水刃――激流斬!」
剣が渦を巻き、朽武の胸部を貫いた。
◆ ◆ ◆
「……終わった、か」
光一が剣をおさめ、息を整えた。
朽武は、その場で膝をつき、動かなくなっていた。
その単眼の光は、静かに消えていく。
「こいつも、命令されていただけなんだよな」
光一が呟く。
「感情はない。けど、最後まで役割を果たした」
ノアが静かに答える。
「ある意味、人間より忠実かもしれないな」
ルナはふっと目を伏せる。
「そういうの、なんか寂しいね」
ノアは何も言わなかった。
だが、ほんの少しだけ、表情が曇ったように見えた。
◆ ◆ ◆
灰燼の都の入り口にたどり着くと、そこには巨大な門がそびえ立っていた。
錆びついてはいるが、魔力の障壁が未だに働いている。
「この障壁、簡単には破れないぞ」
ルナが眉をひそめた。
「大丈夫。手はある」
ノアがポケットから、青い結晶を取り出す。
「《水晶の心臓》が鍵になる」
結晶が光り始め、門に淡い模様が浮かび上がる。
まるで、かつての科学技術と魔法が混ざり合った、奇跡の遺産のようだった。
「いこう。ここから先は、“人類の罪”と“希望”が眠っている」
ノアの声が、いつになく重かった。
光一とルナは無言で頷いた。
覚悟を決めると、三人は静かに門の奥へと踏み出していった。