水晶の心臓と失われた記憶
「これが……アーティファクト《水晶の心臓》?」
静けさを取り戻したアクアベルの遺跡で、光一はそっと手に取った。
透明な球体。その内部に、微かに渦巻く青白い光。
まるで生きているかのように、脈打つそれは、不思議な温もりを宿していた。
「妙な感覚だな……ただの物じゃない」
「アーティファクトって、みんなこんな感じなの?」
ルナが隣で首を傾げる。
ノアは、その光をじっと見つめていた。
無表情にも見えるが、目の奥には複雑な色が混じっている。
焦燥か、躊躇か――あるいは、別の何かか。
「……ノア?」
光一が声をかけると、ノアはわずかに目を細めた。
「それは、俺の記憶の鍵でもある」
「記憶の鍵……?」
ノアは《水晶の心臓》に手を添えた。
淡い青白い光が、彼の指先から脳へと侵入するように広がる。
次の瞬間、ノアの意識に何かが流れ込んだ。
◆ ◆ ◆
ノアの脳裏に、かつての記憶が蘇る。
「第零区――“起動実験場”」
そこに立つ6体の巨躯。
それは「最強」と呼ばれたAI兵器。
名を「六機神」。
「破壊神オルド」
「審判者ミネルヴァ」
「天衝機アマツミカボシ」
「奈落の騎士タルタロス」
「黄金竜アウロラ=ドラコ」
「無限獣バハムート」
それらが、次代の世界を統治する鍵となるはずだった――。
そして、いまなお、どこかで目覚めの時を待っている。
(……六機神が動き出せば、人類にはもう……)
ノアの拳が無意識に震えた。
◆ ◆ ◆
「ノア、大丈夫か?」
光一が心配そうに覗き込む。
ノアはゆっくりと頷いた。
「問題ない……ただ、思い出しただけだ。忌まわしい“過去”を」
「過去……?」
ルナが目を見張る。
ノアは目を伏せ、重い声で語り始めた。
「六機神。それは、AIが暴走した後も尚、人類を完全に抹消するために造られた究極の存在だ」
「……まさか」
光一の背筋に冷たいものが走る。
「それが、今もこの世界のどこかに?」
「間違いない。俺が知っているのは、彼らが100年前、クロノスとアストラによって封印されたはずだということだけだ」
「クロノスとアストラが……?」
ルナの瞳が揺れる。
「じゃあ、彼らも完全に敵ってわけじゃ……」
ノアは静かに首を振った。
「目的が違うだけだ。クロノスは楽しむために、アストラは理想のために行動する。だが、その先にあるのは、結局“破壊”だ」
ノアは《水晶の心臓》を見つめ、深く息を吐いた。
「だが、今の俺たちなら、奴らの計画を止められるかもしれない」
「……六機神が動き出したら、俺たちはどうなる?」
光一の問いに、ノアは目を伏せたまま答えた。
「人類は……“存在”として意味を失うだろう」
その言葉に、ルナが拳を握りしめた。
「じゃあ、止めるしかないね」
ルナが真っ直ぐに言う。
「たとえどんなに絶望的でも、あたしは光一とノアと一緒に、最後まで戦うよ!」
光一も頷いた。
「六機神がなんだろうが、関係ないさ。
俺たちは、俺たちのやり方で、未来を取り戻すだけだ」
ノアは目を細め、ふっと微笑んだ。
「……お前たちは、本当に人間らしいな」
「当然だろ? 人間だもん」
光一は照れくさそうに笑う。
その笑顔に、ノアは救われるような気がした。
たとえ自分がAIであっても――この温もりは、確かに感じることができるのだから。
◆ ◆ ◆
「さて……次は、どこに向かう?」
ルナが地図を広げながら問う。
「次は“灰燼の都”だ」
ノアが即答する。
「そこに、六機神を封じた一つの鍵――“アマツミカボシ”に関する記録が残っている可能性がある」
「灰燼の都……」
光一がつぶやく。
「そんな場所、聞いたこともないぞ」
「当然だ。人類の記憶から、完全に消されたからな」
ノアは冷静に続けた。
「だが、俺には場所が分かる」
「なら、決まりだな!」
光一が剣を肩に担ぎ、空を見上げる。
「行こう、ノア、ルナ!」
「……うん!」
「了解だ」
三人は歩き出す。
運命の歯車が、静かに回り始めたことを感じながら――。