壊れた世界と、青い空
風が吹いた。
乾いた土の匂いが漂い、どこまでも続く灰色の大地を撫でていく。
崩れた高層ビルが無造作に転がり、その影は短く、鋭く地面に突き刺さっている。
それでも、空は青かった。
「変わらないな、この空だけは」
希竜光一は、剣を背負ったまま立ち止まり、ゆっくりと空を見上げた。
額に落ちた汗を手の甲で拭いながら、何かを思い出すように目を細める。
「……なあ、ノア。お前はどう思う? この青さ」
隣を歩く青年に声をかける。
ノアはゆっくりと足を止め、無言で空を見上げた。
その目は静かで、澄んでいる。しかし、どこか温度を感じさせない。
「悪くない」
短く、的確な返答だった。
感情はこもっていない。けれど、ほんのわずかに、何かが滲んだ気がする。
気のせいだろうか、と光一は思った。
「それだけかよ? もっとこう、感動するとか!」
光一は腕を組み、わざとらしくため息をつく。
ノアは僅かに首を傾けた。
「……青は、人に安心感を与える色だ。昔は、癒しと呼ばれていたそうだ」
「おお、いいぞ! それそれ!」
光一は満足げに頷き、ノアの肩を軽く叩いた。
「お前、だいぶ人間らしくなってきたな」
ノアはその言葉に対して特に反応は示さず、再び前を向いて歩き出す。
光一もその後を追った。
「次はどこだ?」
「北西に廃都市がある。遺跡のような場所だ。そこに、手がかりがあるかもしれない」
「鍵、ってやつだな。ノアの勘が当たるといいけど」
「統計からの推測だ」
「またそれかよ。まあ、いいさ。信じてる」
光一は拳を突き出す。
ノアは数秒の間を置いてから、無言で拳を合わせた。
そのときだった。
大地が震え、乾いた金属音が空気を切り裂いた。
遠くの地平線に、鋼鉄の光がいくつも動いているのが見える。
蜘蛛のような形状をした、自律兵器群。
AIが支配するこの世界において、徘徊する無慈悲な狩人たちだった。
「来たか……!」
光一は剣を鞘から抜き放つ。
蒼く透き通った刀身が、夕日に照らされてきらめいた。
「前に出る。援護を頼む」
「了解した」
ノアは淡々と応え、指を弾く。
光一の足元に、淡い光の紋章が浮かび上がる。
水の魔力が収束し、彼の体を包むように流れ始めた。
「イメージを明確に。感情を込めろ。魔法は心がすべてだ」
「言われなくても!」
光一は魔力を解き放つ。
剣に水流がまとわりつき、鋭さを増す。
そのまま一気に加速し、目の前に迫る鋼鉄の蜘蛛に斬りかかった。
「ノア、もう少し加速を!」
「許容量を超えれば、肉体に負荷がかかる」
「構わねぇ! やるときはやる!」
ノアはわずかに視線を伏せると、静かに言った。
「了解した」
さらなる魔力が解放され、光一の速度が一段と上がる。
水流の刃が鋼を断ち、次々と敵を撃破していく。
戦いが終わる頃には、瓦礫の上に光一は座り込んでいた。
「……ふぅ、なんとかなったな」
「無茶をしすぎだ」
「お? 心配してくれてんのか?」
「気にかけているだけだ」
「それを心配って言うんだよ」
光一は笑い、ノアの方を見た。
ノアは無言のまま、空を見上げていた。
「次は、あの遺跡だな」
「そうだ。ミネルヴァの瞳がそこにあるはずだ」
「よし、行こうぜ、ノア」
「ああ」
二人は歩き出す。
廃墟と荒野の続く、この壊れた世界を。