現在、反省中!
「・・・やっちまった。」俺は”ハンター”の待機所のテーブルに、1人で突っ伏しながら呟く。
第1班と第2班は、ランク”F”のモンスター<ウォリアー・ウルフ>7体を、契約している会社から
要請があり、討伐しに行っている。
モンスターには、ランクによって討伐推奨人数がある。
1番弱いランクである、ランク”G”は1体に対して1~2人。ランク”F”は1体に対して4~5人。”ハンター”が相手を出来る1番強いランクである、ランク”E”は1体に対して10~15人である。
今回は、ランク”F”のモンスター<ウォリアー・ウルフ>7体なので、7X5=35人必要という事だ。
なので、第1班20名と第2班の20名の合計40名で、この討伐に挑んでいる。
余り5名と、シスコン兄さんと”横田”で、合計7名の余裕があるから、多分大丈夫であろう。
俺は昨日の件があったので、第1班と第2班には編入されなかった。俺と”五十嵐”さんで、第3班になる
らしい。あの2人に気を遣わなくて良いのが、本当にありがたい。
「・・・やっちまった、居候の分際で、なにやっているんだか。」俺は深いため息をついた。
昨日は、退社後に”千歳”ちゃんとスーパーに、”カツカレー”の材料を買いに行った。買い物の籠持ちのご褒美に、コーラの700mlを買って貰い、社長宅に帰った。
約束通り、”千歳”ちゃんが”カツカレー”を作り、全員が舌鼓を打った。そして、後片付けを終えた
”千歳”ちゃんが自宅に帰り、俺は風呂に入って寝ようとした時に、問題が発生した。
俺は冷蔵庫に入っている、コーラの700mlの存在を思い出した。急いで1階の台所に行くと、冷蔵庫の
前で、社長がゴソゴソやっていた。
「ん!?タケルどうした?」ビールや酒のつまみを大量に出しながら、社長が聞いて来た。
「えっと、俺はコーラを取りに来たんですが、社長は随分と大量ですね。」
社長の両手いっぱいの酒や酒のつまみを見ながら、俺は答えた。
「今夜、11時から私が応援している選手が、世界タイトルマッチに挑むんだよ。やっぱりリアルタイムで
観たくてね。これはその準備だよ。」社長は嬉しそうに言った。
「何級の、なんて選手なんですか?」興味が湧いたので、社長に聞いてみた。
「バンタム級の”伊吹 翔”だよ、施設で育ったんだが、自分の”拳”でここまで来た男だよ。タケルは、
ボクシングは好きかね?」社長は上機嫌で聞いて来た。
「好きですよ!自分の世界では、”はじめ○一歩”を全巻購読してましたからね、俺は、主人公の一歩君の
必殺技の、”デンプシーロール”の動きなら練習したので、出来ますよ!」
俺は、上半身を素早く左右に動かす”デンプシーロール”の”∞”(無限大)の動きをやって見せた。
「おお!凄いな!!タケルも一緒に、”伊吹 翔”の試合を見るかい?」社長から、試合観戦のお誘いが来た。
「是非、観ます!」俺は即答した。
俺と社長はTVのある居間に移動し、試合が始まる30分間に、”はじめ○一歩”を説明していた。
いじめられっ子だったが、ボクシングに出会いって心が前向きになった事。
厳しい練習に耐えて、ようやく掴んだ勝利に喜びと満足を覚えた事
宮田○朗という、人生のライバルに出会えた事
強敵の妹の間柴○美に恋をし、お互い好きだが、お兄ちゃんが邪魔しに来る事
「・・・大変だな、一歩君。お互い好きなのに、お兄ちゃんが邪魔するとは。」
ビールをちびちび飲みながら、社長が言う。
「まあ、お兄ちゃんだけじゃなく、ボクシングジムの先輩も心配と興味心で覗きに来て、邪魔する事も
ありますけど。俺が読んでいた時点では、キスもしてません。」
俺は、チーカマを貰い答えた。
「・・・何か似ているな、タケルと一歩君。」カルパスを食べながら、社長が言う。
「そうですね、デートの時には尾行しているし、スパーリングの時には半殺しにしようとする、
過保護なお兄ちゃんですから。」コーラを飲みながら、俺は答えた。
「半殺しって、物騒なお兄ちゃんだね。」ポテチを食べながら、社長が言う。
「お兄ちゃんが高校生の時に、交通事故で両親を亡くしてしまって、お兄ちゃんが親代わりになったんですが、お兄ちゃんはヤンチャで警察に御厄介になる事もあり、○美ちゃんに迷惑をかけていたんですよ。でも、ボクシングに出会い、自分の”拳”で世界チャンピオンになって、○美ちゃんに楽をさせようと
頑張っているお兄ちゃんですね。」俺もポテチを食べながら答えた。
「・・・そっちも似ているな、”弘”とお兄ちゃん。」ビールをグビリと飲みながら、社長が言う。
「・・・そうですね、確かに似ていますね。」俺は苦笑して答えた。
やがて11時になり、”伊吹 翔”の世界タイトルマッチが始まった。
1Rから5Rまで、世界チャンピオンと”伊吹 翔”の実力は互角だった。
お互い、見事なフットワークとディフェンスで、クリーンヒットが一発も出なかった。
フットワークで円を描きながらのジャブの応酬、フェイントを織り交ぜた、激しい出入りからの
パンチの応酬。それでも、1発もパンチが当たらなかった。
6R開始1分に、均衡が崩れた。”伊吹 翔”のスタミナの消耗が激しく、一瞬の隙を突いてチャンピオンの
左のボディブローが、深々と”伊吹 翔”の腹筋に刺さり、顔が下がった所に強烈な右フックが炸裂し、
ダウンしてしまう。俺と社長のコーラとビールを飲む手が止まる。
カウント8で”伊吹 翔”は立ち上がったが、チャンピオンがすぐに間合いを詰めて、左からのワン・ツーが
”伊吹 翔”の顔を捕らえ、再び左のボディブローが深々と腹筋に刺さり、2度目のダウンをしてしまう。
俺と社長は、同時に頭を抱えた。
6Rの残り30秒は、チャンピオンの猛攻に耐えて終了した。1分のインターバル後、
7Rが始まったが、この7Rもチャンピオンの猛攻に亀の様にガードをして、なんとか耐えて終了した。
俺と社長は、両手を叩いてTVの前で、”伊吹 翔”を応援した。
8Rになると、ダッシュで”伊吹 翔”がリングの中央に行き、右足を”ダン!”と踏み鳴らした。
チャンピオンに乱打戦を挑んだのだ。ポイントで負けて2回のダウン、もうKOで勝つしかなかった
”伊吹 翔”の選択だった。この展開に興奮して、俺と社長がTVの前で奇声を上げる。
驚いた顔をしたチャンピオンだったが、”ニカッ”と笑い、リング中央に行くと、右手のグローブを突き出す。
そして、”伊吹 翔”が左手のグローブを軽く合わせて、激しい乱打戦が始まった。
防御無しの無呼吸の乱打戦が約40秒続く、打撃によって、お互いの頭が上下左右に弾かれる。
両者の息が続かず、無呼吸の乱打戦は終わったが一呼吸だけすると、お互い右フックを出し、
お互いの顔を捕らえた。
両者、両膝をガクガクさせながら2.3歩下がったが、ダメージが少なかったチャンピオンが、体勢を
立て直し”伊吹 翔”に右ストレートを繰り出す。一瞬遅れて”伊吹 翔”が体勢を立て直し、チャンピオンの
右ストレートに、上から被せる様に右のクロスカウンターを繰り出す。
”ゴキャ!”っとTVから音が聞こえそうな位、見事なクロスカウンターだった。チャンピオンの”突進力”と
”伊吹 翔”の”突進力”が、全て右の拳からチャンピオンの顔面に叩き込まれた。
チャンピオンの身体が、後方へ吹き飛びリングに転がる。同時に、チャンピオンのセコンド陣からタオルが
投げ込まれた。”伊吹 翔”のTKO勝ちだった。
俺と社長は、歓喜の雄叫びを上げ、残ったコーラとビールで乾杯し、一気に飲み干した。
”ゴッゴッゴッゴ!” ”プハア~~!” ”ゲフウウウウウ!!”
俺と社長が、見事にシンクロして思わず笑いあう。
”ダン!”と床が打ち鳴らされて、後ろを振り返るとパジャマ姿の”深雪”さんがいた。
腕を組み、冷たい微笑みを浮かべて、居間の隣の台所に立っていた。
俺と社長は、急いで居間の時計を見た。現在、午前0時10分。
「お父さん、タケル君、ちょっとこっちに来て座りなさい。」”深雪”さんが、台所の床を指差して言った。
社長が、スススっと移動して”深雪”さんの前に正座した。多分、人生で何度か同じ経験をしているのであろう、動きがスムーズだった。俺も社長に習い、社長の横に正座する。
「お父さん、あなた現在は社長ですが、元は”ハンター”でしたよね?睡眠の重要性は知っていますよね?」
冷たい微笑みのまま、”深雪”さんが社長に尋ねた。
「はい!知っています。大変申し訳ありません。」言い訳無しの謝罪を社長がした。下手な言い訳は”死”を
招くらしい。
「タケル君、あなたは強いけど、一瞬の油断で怪我をする事もあるの。”千歳”ちゃんを悲しませたり、泣かせるつもりなの?」今度は俺に、”深雪”さんが尋ねて来た。
「”ハンター”としての自覚が足りていませんでした!スイマセン!」俺も言い訳無しの謝罪をした。
”深雪”さんは満足気に頷くと、睡眠の重要性・帰りを待っている人間の心境・”ハンター”の心構えを、
俺と社長に20分間聞かせた。その後、お説教から開放してくれた。
俺と社長は、居間で飲み食いした物を片付けると、午前1時を過ぎていた。お互い、寝る挨拶をして、
俺はベッドに入った。
案の定、俺は朝を寝過ごして、”千歳”ちゃんが2階まで起こしに来てくれた。顔を洗い青いジャージに
着替えると、1階に降りて行った。そこには、いつもの”深雪”さんがいた。
「おはようございます。昨日の夜は、騒いでスイマセンでした。」俺はもう一度、”深雪”さんに謝罪した。
「分かってくれれば良いのよ。」”深雪”さんはそう言って、大盛りのご飯を俺に手渡してくれた。
俺は大盛りご飯を受け取り、美味しく朝ご飯をいただき、出社準備をして”千歳”ちゃんと出社した。
「真夜中まで、社長と一緒に大騒ぎをしていたみたいですね、タケルさん。」
軽自動車を笑顔で運転しながら、”千歳”ちゃんが言った。
「え!?」俺は、嫌な予感がした。
「私が、睡眠の重要性と”ハンター”の心構えを、タケルさんに教えます!」
真剣な声で、”千歳”ちゃんが言った。
どうやら、朝ご飯の準備の時に、”深雪”さんに真夜中の馬鹿騒ぎを聞いたのであろう。
本日2度目のお説教に、俺は真っ白に燃え尽きた。
会社に着くと”千歳”ちゃんは事務所へ、俺は”ハンター”の待機所へ移動した。そして、隅っこの
テーブルに突っ伏していた。
シスコン兄さんと”横田”が近寄って、何か言っていたが右から左へ聞き流していた。やがて、
第1班と第2班に討伐要請が出ると、俺は”ハンター”の待機所に1人になった。
”ラムール”将軍には、一目惚れして奥さんになって貰った”ハモール”さん。”ドムント”先生には、
幼馴染の嫁の”レイム”さん、社長には、”深雪”さん。強い男も嫁さんには勝てないと、俺は思った。




