現在、入社試験中!
<牛野屋>から、軽自動車で四十五分ほど郊外に向けて走ると、<(株)藤原モンスターバスター>
に到着した。
”国峰”さんは、中堅の”ハンター”会社と言っていたが、到着した会社は、俺の想像した建物より大きかった。
サッカーコート8枚分位の規模の敷地に<(株)藤原モンスターバスター>はあった。
正面の門から入り、会社員専用の駐車場エリアに軽自動車を駐車し、俺と”国峰”さんは駐車場に降りた。
「はい!ここが、<(株)藤原モンスターバスター>です。これから頑張りましょう、本田さん」
笑顔で”国峰”さんが言った。
「・・・あの、”国峰”さん。俺を呼ぶ時は、”本田”ではなく”タケル”と呼んでくれないかな?三年間、
<アーシタ>でタケルと呼ばれていたので、そっちの方がしっくり来るんだ、ダメかな?」
俺は”国峰”さんにお願いしてみた。
「いいですよ!”タケル”さんですね。だったら私も、”千歳”と呼んでください。」
”千歳”ちゃんが、快諾してくれた。
「了解!よろしくね、”千歳”ちゃん。」俺は、微笑みながら答えた。
「え~、私”ちゃん”ですか?二十歳なのに、”ちゃん”なんですか?」少し不満そうに、”千歳”ちゃんが言う。
「俺と同い年とそれより下は、全員”ちゃん”です。自分ルールなので、変更は不可です。」
俺は笑いながら、即答する。
「何ですか、自分ルールって」笑いながら”千歳”ちゃんは言った。
正面の門から直進した位置に建っている建物の前まで、二人で移動した。
「はい、ここが、事務所と社長室と応接室のある建物です。」”千歳”ちゃんが教えてくれた。
この社長室のある建物の左には、武器や防具とハンターを運ぶ車両を整備する工場があり、社長室のある建物の右には順に、食堂とハンターの待機所と医務室のある建物、ハンターを運ぶ車両の車庫、ハンター達が鍛錬する訓練場があった。
「1階が事務所で、2階が社長室と応接室なので、まずは事務所に行きましょう!」”千歳”ちゃんが言った。
事務所に入ると、男性1名と女性2名が仕事をしていた。
「ただ今戻りました。!」事務所に入ると、元気に”千歳”ちゃんが言った。
「おお、お帰り”千歳”ちゃん、どうだった?」一番奥の机で仕事をしていた男性が言った。
「すいません、社長。1件も契約取れませんでした。でも!物凄い”戦力”は連れて来ました!!」
”千歳”ちゃんは、胸の前で握り拳を作りながら、社長に報告した。
「えっと、君が、物凄い”戦力”なのかな?」奥の机から社長が出てきて、俺を見る。明らかに不審者を見る目だった。まあ、筋肉隆々でパッツンパッツンの服を着た男は、不審者であっているだろう。
「ええっと、”戦力”に関しては折り紙付きです。」一応、俺は答えた。
「”千歳”ちゃん、我が社の経営状況は知っているね?”千歳”ちゃんが、好きな男を入社させようとしても、叔父さんは困っちゃうよ。」社長であり、叔父さんの男性が言った。
「ちょっ!叔父さん、違うから!叔父さんと叔母さん、説明したいから社長室に来て下さい。」
顔を真っ赤にしながら、”千歳”ちゃんが社長に言った。
社長は、自分の机の横で仕事をしている女性を見た。女性は頷いてこちらにやって来た。
この優しそうな女性が、”千歳”ちゃんの叔母さんなのであろう。
俺と”千歳”ちゃん、”千歳”ちゃんの叔父さんと叔母さんは社長室に移動した。
社長室に入ると、入り口付近に、テーブルと2人掛けの椅子が左右にあったので、俺と”千歳”ちゃん、
”千歳”ちゃんの叔父さんと叔母さんで座った。
「初めまして、<(株)藤原モンスターバスター>の社長の、”藤原 隼人”です。それで、君と”千歳”ちゃんの関係を聞かせてもらおうか、叔父として。」真剣な目で、社長が言って来た。
「だから社長、違います!タケルさん、”アレ”見せて、そして説明して!!」
顔を真っ赤にしながら、”千歳”ちゃんが俺に言って来た。
俺は改めて、”千歳”ちゃんの叔父さんと叔母さんを見た。”千歳”ちゃんを十年間も愛情を込めて育ててくれた
人達だから、大丈夫だろうと俺は考えた。
「すいません、今から見る事は、他言無用でお願いします。」
俺は、”千歳”ちゃんの叔父さんと叔母さんに言った。
俺は、左手を胸の高さにしてステータスを出現させた。”千歳”ちゃんの叔父さんと叔母さんに見えやすい様に、ステータスを掌の上で右手で180度回転させる。
「私は、異世界<アーシタ>を救って来た”勇者”の”本田 猛”と申します。女神”サリース”のミスで、
自分の世界ではなく、平行世界の日本に来てしまったので、非常に困っています。”戦闘力”は、1人で魔王を倒す事が出来ました。御社の力になると思います。」企業の面接風に、俺は言ってみた。
「ちょっと待ってくれ!君が”勇者”なら、何故<アズナブル>に行かない?逃亡は重罪と”千歳”ちゃんから聞いていないのかね?」社長は俺と”千歳”ちゃんを交互に見た。
「社長!タケルさんが、<アズナブル>に行かないのは、ちゃんと理由があるんです!タケルさん、
私達に話してくれた”異世界<アシータ>の旅の話”を、叔父さんと叔母さんに話して下さい。」
”千歳”ちゃんがフォローしてくれた。
「了解。」俺は、本日3回目の”異世界<アシータ>の旅の話”をした。
そして、やっぱり俺の旅の出来事を聞いた後の、”千歳”ちゃんの叔父さんと叔母さんの表情は暗かった。
「・・・大変だったんだね、タケル君。しかし、<アズナブル>が別世界のから来た”勇者”を殺しているなんて、”ハンター”業界に長く居るが、聞いた事が無いな。」社長は顎を撫でながら言った。
”千歳”ちゃんの叔母さんは、ハンカチを目に当てていて無言だった。
「どう!社長!!我が社に、タケルさんが入社してくれたら、<木村モンスターハンター>とやり合えると思うのですが、”量より質”ですよ!”量より質”!!」”千歳”ちゃんが熱く語った。
「もしかして、その<木村モンスターハンター>ってのが、”千歳”ちゃんが言っていた大手の会社?」
俺は、”千歳”ちゃんに聞いた。
「そう、<(株)木村モンスターハンター>、一年前に私達の担当エリアに参入して来たの。大勢の”ハンター”と安い料金プランで、お得意様は、どんどん<木村モンスターハンター>に乗り換えて行ったわ。だから、タケルさんの”勇者”の力が欲しいの!もちろん、クラス”E”までで良いから。」”千歳”ちゃんが答えてくれた。
「・・・”量より質”か。そうだな、このままでは、倒産は確実だものな。タケル君、我が社の経営状況は、はっきり言って悪い。それでも我が社に入社するかね?」社長が聞いて来た。
「はい!私は御社で働きたいです!」企業の面接風に、俺は答えた。
「そうか!では、採用!」社長は笑いながら、即答した。
「おめでとう、タケルさん!これで一緒に働けるね♪」
”千歳”ちゃんは胸の前で両手を合わせて、微笑みながら祝ってくれた。
「あの、社長ちょっといいですか?俺と”千歳”ちゃんと相談したのですが、俺は、この世界の”常識”を知りません。だから、俺と”千歳”ちゃんとで考えた”この世界の俺の設定”を聞いてくれますか?」
俺は、自分の”非常識”が致命傷になる事を<牛野屋>で知った。だから、”常識”を知らずに育った環境を
<(株)藤原モンスターバスター>に到着するまでに、俺と”千歳”ちゃんとで考えた。
設定その1、名前はそのままで、”本田 猛”23歳。赤ん坊から5歳まで孤児院で生活。5歳の時に、
子宝に恵まれなかった、<真田双剣術>の”霞 史郎”に引き取られ、23歳まで群馬の山奥で修業。
設定その2、いつ死んでもおかしくない修行なので、戸籍は取っていない、学校にも行っていない。なので、一般的な”常識”は持ち合わせていない。俺の他にも1人、兄弟子が存在する。名前は、”北斗 光太郎”流派
始まって以来の天才。天才だけど弟弟子の俺に優しい。
設定その3、<真田双剣術>は一子相伝なので、23歳の俺の誕生日に、後継者の座をかけて対決するが、あっさり敗北。本来なら、負けた後継者候補は、利き手・利き足の腱を切らないといけなかったが、
兄弟子は許してくれた。里の皆も、勝負をする前から兄弟子が勝つのを分かっていたので許してくれた。
設定その4、俺は、嫁さんを探しに東京に出るが、初日に置き引きにあって途方に暮れる。置き引きに会って三日後、行き倒れている時に”千歳”ちゃんに出会い、”牛丼”を御馳走になり、スカウトされる。
「こんな感じで、俺と”千歳”ちゃんで考えてみたのですが、どうでしょう、社長?」俺は社長に聞いた。
「・・・私は構わないが、いいのかい?学校行った事が無いとか、後継者争いに負けたとか、かなり言われると思うけど、本当にいいのかい?」社長が心配そうに答えた。
「大丈夫ですよ!<アーシタ>でそう言う事を、言う人間には慣れています。大丈夫です。」
俺は笑いながら言った。
”コン・コン”社長室のドアが叩かれ、男性が入って来た。
「社長、第1班、帰還しました。」金髪で蒼い目をした、28歳位の男性が言った。
「おお、お疲れ様、ゆっくり休んでくれ。」社長が金髪男性を労った。
金髪の男性は、社長から”千歳”ちゃんの横に座る、俺に向けられた。
「社長、誰ですか、彼は?」冷たい口調で、金髪男性が言った。
「ちょっと!お兄ちゃん!!タケルさんに失礼でしょ!」お兄さんに、”千歳”ちゃんが怒って言う。
「すまないな、”千歳”。兄さんは社長と話しているから、少し静かにしてくれるかな?」
俺とは対照的に、優しく微笑みながら”千歳”ちゃんに言う、シスコン兄さん。
「えっとな、”国峰”隊長。彼は、”本田 猛”君だ。先程、採用した期待の新人だ。」社長が答えた。
「俺は認めません。現場の責任と決定権は俺にあります。」シスコン兄さんは言った。
「お兄ちゃん!!社長の決定を、お兄ちゃんが覆さないでよ!!私がせっかくスカウトして
来たのに!!」”千歳”ちゃんが、お兄さんに食って掛かった。
「いいかい、”千歳”。戦場は命懸けだ。部隊の中に、弱い奴が居たら他の隊員に危険が及ぶ。だから彼は、
我が社に入社は出来ないのだよ。そもそも、”千歳”と君は、どういう関係なんだい?」
シスコン兄さんが、俺を弱いと決めつけ、”千歳”ちゃんとの関係を聞いて来た。
「・・・行き倒れている所を、”千歳”ちゃんに助けて貰いました。」俺は、”設定その4”を言った。
「気安く、”千歳ちゃん”と呼ばないでくれるかな?君は”千歳”に寄生するつもりなのか?」
俺を見下した目で、シスコン兄さんが言って来た。
「”弘”いい加減にしろ!初対面の本田君に、なんて口を利くんだ!!」社長が激怒した。
”国峰 弘”金髪で蒼い目をしている。身長は185センチ位の28歳、ショートヘアーで丸目。どうやら、
部隊の隊長をやっているみたいである。そして、重度のシスコンである。
「社長!戦場に無能な”ハンター”は要りません!!今すぐ彼に帰って貰って下さい。」
俺を指差し、シスコン兄さんが言った。
「”千歳”ちゃんのお兄さんってさ、はっきり物事を言うタイプ?」俺は、”千歳”ちゃんに聞いた。
「ごめんなさい、お兄ちゃんは昔っから、私の周りにいる男子に攻撃的なんです。」
”千歳”ちゃんが、済まなそうに言う。
「”千歳”ちゃんのお兄さん、俺が無能かどうか、手合せしてくれませんか?<真田双剣術>の習得者なので、お兄さんより確実に強いですよ。」俺は、”設定その1”をシスコン兄さんに言った。
「君は、自分の強さを過大評価しているみたいだね、戦場では生き残れないタイプだ。」
シスコン兄さんが上から目線で言って来た。
「俺の兄弟子の様な、”天才”相手なら負けるでしょう。ですが、あなたは俺と同じ”凡人”だ。
”凡人”対”凡人”なら、俺は絶対勝ちますよ。それとも、”千歳”ちゃんの前で負けるのが怖いのですか?」
俺は挑発しながら、”設定その2”をシスコン兄さんに言った。
「・・・訓練場に来い!望み通り、手合せをしてやる!」シスコン兄さんが、怒りを抑えながら言った。
俺達は、社長室から訓練場に場所を移した。訓練場は、体育館2つ分位の広さを持った建物だった。
訓練場には、約40名ほどの”ハンター”がいて、俺の入社試験を面白がって見ていた。
「準備は出来たかな、本田君?」バスターソードを持った、シスコン兄さんが言う。
「はい、準備は出来ました。」片手剣を両手に持った、俺が答える。
「両者、中央へ!」社長が、俺とシスコン兄さんを中央に呼ぶ。
社長を中心に左右3メートルずつ、計6メートの間合いで、俺とシスコン兄さんが向かい合う。
「構え!」社長の号令に、シスコン兄さんは、バスターソードを正眼の構えを取った。
俺は半身に構え、右手の片手剣は、自分の目の位置より少し上に位置し、剣先と顔を相手に向ける。両足を両肩より少し広く開き、少し腰を落とし両足のバネを生かせる様にする。左肩と右肩を水平にして、左肩を拳1つ分下げて、延長線上に左腕を突き出し、左手首と直角に左の片手剣を構える。
これは、魔王”ジュドー”が魔王竜に変化し、”勇者”の塩谷を殺して、繰り上げで”勇者”が俺になった時、
左手に聖剣<ヴェスパード>を、右手に<ボルクドテッカー>を持って、丸二日間、魔王竜と戦って出来た、俺の二刀流である。
「始め!」社長の号令で、<魔闘術>(バーニング)を発動。一瞬でシスコン兄さんの間合いに入る。
ガキイン!・・・・・・・ガシャアン!!
俺の右手の片手剣が、”レ”の字の軌跡を描き、両手で持っているシスコン兄さんのバスターソードを打ち上げる。衝撃で、両腕がシスコン兄さんの顔の位置まで跳ね上がる。その隙を突いて、シスコン兄さんの右脇に、左手の片手剣で左一文字斬りの寸止めをする。少しして、バスターソードが落下した音が聞こえた。どうやら、シスコン兄さんの握りが甘かった様だ。
「勝負ありですね、俺の勝ちです。」俺はシスコン兄さんに言った。
「・・・ぐ、・・・ぞ。」シスコン兄さんは、悔しそうに呟いた。
「勝負あり!勝者、本田!!」社長が、勝ち名乗りをしてくれた。
俺の入社試験を見学していた、”ハンター”達がざわついていた。自分達の隊長が、あっさりと負けたのだから、当然の反応であろう。約40名の視線が俺に来ているのが分かる。
(マズイな、思った以上に目立ってしまった。次からは、もう少し手加減しよう。)俺は反省した。
「おめでとうございます!タケルさん!!これで本当に一緒に働けますね♪」
拍手をしながら、”千歳”ちゃんが祝ってくれた。
「ありがとう、俺も”千歳”ちゃんと一緒に働けて、嬉しいよ。」俺は微笑みながら答えた。
今日、俺は<(株)藤原モンスターバスター>の”ハンター”になった。




