現在、初遭遇中!
土手の上のサイクリングコースから、階段を下りて遊歩道に降りてくる少女がいる。
黒いレザースーツに、額と頬と後頭部を護る白い<ヘッドギア>、両肩と胸と腹と脇腹を護る白い<ボディープロテクター>、肘と前腕と手首と手の甲を護る白い<アームプロテクター>、腰側面と太もも前面と側面を護る白い<ウエストプロテクター>、膝と脛と足首と足の甲を護る白い<レッグプロテクター>、黒のコンバットブーツ。
あきらかに一般人では無い少女が、階段を降りてきた。少女の右手には、”魔法使い”や”僧侶”が使う先端に丸い水晶が付いた金属製の杖と、左手に<トランシーバー>みたいな長方形の黒い箱を持っていた。
間違いなく、この少女は<アズナブル>所属の”勇者”だ。
「大丈夫ですか!」少女”勇者”は遊歩道まで下りて来て、俺達のそばで再び声を掛けてきた。
「お二人とも、先ほどの<アズナブル>の緊急放送は聞かれましたか?この周辺に異世界から帰還して、逃亡した”勇者”が潜んでいる可能性が高いです。お二人とも、ご自宅か最寄りの<シェルター>に避難して下さい。」少女”勇者”は、俺達に避難を促してきた。
「・・・あの、ちょっと聞きたいのですけど。」俺は右手を軽く上げ、少女”勇者に質問した。
「はい、何でしょうか?」少女”勇者は、俺の質問に答えてくれそうだった。
「どうして、この周辺に逃亡した”勇者”がいると分かったんですか?」
俺は短時間にしかも正確に、俺が着替えた場所付近にやって来たのか知りたかったのだ。
「それはですね!この<魔力探知機>のお蔭です。あの逃亡”勇者”は物凄い魔力を消費して飛行していたので、簡単にここまで追跡出来ました。本当はここよりもう少し西側で魔力反応が消えたので、魔力切れを起こして着陸したと思われます。我々と逃亡”勇者”が接触した場合、戦闘になる可能性が高いので、お二人は早く避難をお願いします。」
左手の<トランシーバー>みたいな<魔力探知機>を見せながら、再び少女”勇者”は避難を促してきた。
(なるほど、俺の魔力に<魔力探知機>が反応していたのか、だったら幾らでも出し抜く方法はある!)
俺は心の中で微笑み、<アズナブル>を出し抜く方法を考えた。
「あの、すいません。黒い鎧・黒いマント・黒い大きな剣で空を飛んでた”勇者”を探しているんですよね?」
俺はワザとらしく、少女”勇者”に話しかけた。
「!!あの、何か知っているのであれば、教えてほしいのですが。」少女”勇者”は、俺の話に食い付いて来た。
「実は十五分ほど前に、ここより西側の土手の上のサイクリングコースを散歩していたのですが、上空から川とグランドの間の草むらに、黒い鎧を着た人間が着地して東の方へ猛スピードで移動して行きました。」俺は右手の人差し指を、土手の西側に向けて東側に移動するジェスチャーをした。
「本当ですか!貴重な情報ありがとうございます。さっそく本部に連絡します。」
そう言うと、少女”勇者”は<ヘッドギア>の左耳の上の部分を左手で押し、俺達にくるりと背中を向けて通信を始めた。
「!!」俺は気付いてしまった。遊歩道で胡坐状態の俺と、俺に背中を向けて通話している少女”勇者”の”腰の白桃”の高さが一緒だという事に。黒いレザースーツに包まれているが、見事な形の”腰の白桃”である。しかし、ピンチにもなってしまった。この状況は、”腰の白桃”を見ていた男が女性に気付かれて、顔に蹴りを叩き込まれるシチュエーションだ。普段の俺だったら、躱すなり逸らすなり出来るが、今に俺は防御すら出来ないであろう。
少女”勇者”の”腰の白桃”を見ていたい気持ちと、見ていたら殺されるという気持ちが戦っていたが、通話が終わったのか、少女”勇者”がくるりとこちらに向き直った。
「貴重な情報を有難うございました!我々はこれから東方面を探索するので、ここで失礼します!」
少女”勇者”は俺達に礼を言うと、土手の上のサイクリングコースに続く階段を登り、上でもう一度俺達に頭を下げて東方面に走って行った。
(とっても礼儀正しい子を騙すのは、良心が痛むが俺が生き残るためだ、許して下さい!)
俺は心の中で少女”勇者”に謝罪して、ゆっくりと遊歩道から立ち上がった。なんとか体は動きそうだった。
俺はコーラをくれた赤い髪の女性に礼を言って、西側に逃亡しようとした。だが、俺が振り向いた先の赤い髪の女性は怒っていた。
「ねえ!あなた<アズナブル>の子に嘘を言ったでしょ!」赤い髪の女性の言葉から、怒りが感じられる。
「・・・いえ、・・・そんな事は。」気まずくて、俺は少し言葉が詰まってしまった。
「私、曲がった事が大っ嫌いなの。あの<アズナブル>の子があなたに何かした?」
赤い髪の女性は本気で怒っていた。
それはそうであろう、自分が助けた人間が、自分達を心配してくれた少女”勇者”に対して、平気で嘘を付く人間だったのだから。もし俺が同じ立場でも、怒り狂っているだろう。
「・・・いや、ちょっと複雑な事情が・・・ありまして。」俺は本当の事が言えず、しどろもどろに答えた。
「複雑な事情って何!私達の為に頑張っている女の子を騙すって何?」
赤い髪の女性の怒りが、”限界突破”しているのが分かった。
非常にマズイ状況になってしまった。ここで騒いでいたら、先ほどの少女”勇者”が帰って来るかも知れない、別の<アズナブル>の”勇者”が騒ぎを聞きつけて、複数来るかもしれない。それだけは回避しないと。
「・・・先ほど、俺は貴方に総理大臣の名を聞きましたね。それに、俺の”命”が係っているとも。」
俺は赤い髪の女性に本当の事を話そうと腹に決めた。”絶望”して生きる事を諦めた俺に、コーラと”希望”をくれた。生きる”希望”をくれた恩人に対して、もう俺はこれ以上嘘は付けなかった。
「確かに聞いたわ!でも、それとこれとは話が別なんじゃない!」赤い髪の女性の怒りは継続中だった。
「いえ、関係あります。この世界の日本は、俺が生きてきた日本とは違う。平行世界の日本なんです。」
俺は静かに、赤い髪の女性に言った。
「・・・はあ!?」赤い髪の女性から不機嫌な声が発せられた。
「えっとですね、この世界から召喚された”勇者”の男が異世界で俺に、別世界の人間が自分の世界に迷い込んだら、<アズナブル>に”侵入者”として嬲り殺しにされると聞いたので、さっきの<アズナブル>の女の子には悪いと思ったのですが、俺が逃げる為に嘘を付かせてもらいました。」俺は正直に言った。
「それ本気で言っている?私がその話を信じるとでも?」赤い髪の女性は不機嫌なままだった。
俺は半分飲みかけのコーラを足元に置き、左手を胸の高さにしてステータスを出現させた。そして、赤い髪の女性に見えやすい様に、ステータスを掌の上で右手で180度回転させ、ステータスに表示されている、自分の名前を右手で指差した。
「改めて、俺の名前は本田 猛、異世界<アーシタ>を救った”勇者”です。」俺は自己紹介をした。
赤い髪の女性は驚いて固まっていた。




