第6話 あと65分
田舎だが伝統ある高校に進学した安楽土 青。
色々あって結局帰宅部に収まり、友だちもできて1年が過ぎようとしていた3学期のある日、いつものように友達の斉藤 高志と購買で買った昼食とともに空き部室に行くと偶然あるものに気づく。
それは表紙全体が薄茶色に変色した大正時代の化学の教科書だった。
何気なく手にとってみると、小さなノートのような切れ端に複雑な化学式のようなものが書き記してある。それをまじまじと見ていた次の瞬間---。
ゴォオ~ン…
頭の中で厄災の鐘(実在しません)の音が鈍く鳴っていた。
授業なんて当然入ってこない。とにかくあと3時間後、あの部室にどう入るか。
Think, think, think.....
まさかドアを壊して入ったり、窓を割って入ったりなんてできやしない。
こんな時ヒーロー物の映画だったら排気口とかがあってそこを匍匐前進して部屋に入るんだろうな。
でも僕はヒーローじゃないからあの部室に排気口なんてないし、匍匐前進もやったことない。あるのは鍵のかかったドアと窓だけ。あと3時間で僕の人生は終了か…。
いや、
諦めるな。
鍵が閉まっているなら鍵を開ければいいんじゃないか。それだけの話しだ。つまり誰が鍵を持っていてるかを調べて開けてもらえばいいんだよ。簡単だ。
簡単じゃない…。
残り時間は授業の合間の休み時間を合わせた30分と昼休みに入ってからの35分。つまり65分で鍵の主を探して、開けてもらう…。でもどうやって?まず誰に?
はぁ、考えるだけでゲンナリする。でも僕の人生がかかってるんだ。やってやれないことはない。
持ってるかはともかく、話のできる先生をピックアップしてみよう。
まずは担任の平田先生。ホームルームで注意してたし、2学期にハゲかかってることをぼそっと高志に言ったら聞こえちゃって「男でもハゲは気にするんだハゲは‼」って怒鳴られてからほとんど喋ってない。よって✕。
数学の兼行先生。バレー部の先輩から「ベクトルけんちゃんって呼んであげな。喜ぶから。」を真に受けて初めての授業のときにそう呼んだらめっちゃ機嫌悪くしてた。✕。
地理の菊地先生。「ドリーネ」しか印象にない。✕。
他の先生ともほとんど話なんてしたことないんだよな。もっと人脈作っておけば良かった。
高校って先生なんだよな~。(違うよ)
うっ、まずい、1限が終わった!この10分間でできること…。とりあえず事務室に行ってみよう!あの事務のおばちゃんなら話せるぞ!
事務室に大急ぎで行くと、いた!事務のおばちゃん‼月謝を何度遅れて出しても文句一つ言わないで受け取ってくれる正義の味方‼
「お月謝のおばちゃん、ちょっと話があるんだけどいい?」
「おばちゃん⁉聞こえないね~。これでもあたしは29だよ!」
うげっ、地雷踏んだ‼歳って見た目じゃないよね…。
「お、おネエさん(?)、ちょっとお伺いしたいことがありまして…。」
「なにさ、猫なで声出して。いいわ、聞いてあげるわよ。」
「あの、2階の空き部室、明日工事するって聞いたんだけど、もう鍵が閉まっちゃってるんだよね。僕あそこ時々使ってて、忘れ物しちゃったんだけど開けられるかな?」
「あー、そうなんだ。工事は明日の午後に終わるらしいから少し待てばいいじゃない。」
「いや、どうしても今日必要なんだよね。」
「そう言われてもねぇ。さっき校長が寄ってさ、今日から入室禁止にするからよろしくって言われたし、鍵も誰が持ってるかあたしじゃわからないのよ。」
「そうなんだ、わかった。ありがとう。」
トボトボと教室に戻った。
2限が始まった。
どうする、どうする⁉
話のできる学校関係者はもういない…。狭いな、僕の人間関係。
あと頼れそうなのはバレー部時代の先輩か…。