第28話 動かなければ何も変わらない
田舎だが伝統ある高校に進学した安楽土 青。
色々あって結局帰宅部に収まり、友だちもできて1年が過ぎようとしていた3学期のある日、いつものように友達の斉藤 高志と購買で買った昼食とともに空き部室に行くと偶然あるものに気づく。
それは表紙全体が薄茶色に変色した大正時代の化学の教科書だった。
何気なく手にとってみると、小さなノートのような切れ端に複雑な化学式のようなものが書き記してある。それをまじまじと見ていた次の瞬間---。
第1ポイント、遠くからも見えた㈲中尾建材の倉庫は灰色の壁で、大きさは学校の体育館の半分ほど。
向かって左側にこじんまりとした白い平屋の事務室と、10台ほどの駐車スペースがあった。そのうち2台は来客用になっている。
倉庫は扉が開いており、ライトグレーの作業着を着た従業員たち数名が仕事をしていた。
美姫が駐車場から少し離れたところで停めてある車のナンバーをチェックした。
「横浜が4台、相模が1台、多摩が1台。湘南はないわね。駐輪場にも自転車はなし。外れかな。でも出かけている可能性もあるからあたし潜入調査に行ってくる。服は…制服で問題ないわよね。このまま行っちゃおう。ちょっと待ってて。」
と言うと、躊躇なく事務室に入っていった。
「美姫さん行動派。頼もしすぎる。僕らもできることやらないとね。ノノカ、倉庫の従業員さんの名前チェックしてきてくれる?ネームプレート付けてるから。役に立つかはわからないけど、やれることはやっておこう。」
「わかったよん。ちゃちゃっと行ってくるね。」
青が腰を下ろすと、ノノカは青の肩から飛び降りあっという間に倉庫の中に消えていった。
2,3分でノノカが戻ってきて、
「中には4人いたよ。荒木さん、石田さん、駒木さん、都丸さん。忘れるといけないからハルに教えておいたら?」
「そうだね、そうしよう。」
青がハルを呼び出して、名前を記録させた。
「ねぇ、なんで“ハル”にしたの?とっさの思いつきにしてはいい名前だと思うわ。」
「そう、とっさに出てきたんだ。たぶん前に見た洋画の影響だと思う。“2001年宇宙の旅”というのが確か1968年の作品なんだけど、その中に出てくる人間を補佐するコンピュータの名前が“ハル”なんだよね。」
「へぇ~、そうなんだ。まさにハルもあたしたちを補佐してくれてるもんね。あたしも茹でなきゃよかったかな~。」
「普通は時計を茹でないよね。」
「普通じゃなくて悪かったわね!」
「ま、まぁまぁ。あ、美姫さんが出てきた。」
美姫は青たちと合流すると、
「完全に外れ。事務員のおばさんはとてもいい人だったけど、湘南方面から来ている従業員はいないって。残念。」
「そうですか、ありがとうございます。美姫さんの行動力、改めて感心しました。」
「褒めたって何も出ないわよ。ふぅ。次に行きましょ。」
3人は次の第2候補地に向かった。
「美姫さん、前からこんな積極的に知らない人と話せたのですか?」
「いーえ、実は私、めーっちゃ人見知りなの。今だから言うけど学校で青のクラスに行ったことが自分でもびっくりするぐらい。でもね、ここで私が動かなければ何も変わらない、人を助けられない、お父さんもきっとそうするだろうって思ったら自然と足が動いたのよ。よく覚えていないのに不思議よね。血縁ってやつかな~。ん?なんかしんみりしてない?」
「お父さん、生きているといいですね。…僕この世界を全て制覇することで自分を変えようと思っていましたけど、もう一つ目標が出来ました。」
「生意気言っちゃって!ねぇ、もう敬語やめようよ。あたしはすっかり青のこと弟だと思ってるから。」
「はい、じゃなくてう、うん。でも呼びつけはまずいでしょ?」
「いいわよ、言ったじゃない。外国みたいに名前で呼び合おうって。ほら、言ってみて。」
「いいんですか。じゃあ…み、みき。 アタッ‼」
ノノカが青の左耳をかじった。
「なんだよノノカ!痛いじゃん‼僕なにか悪いことした⁉」
「別に~。噛んでみたかっただけ。ふん。」
ノノカはあまり面白くなさそうだった。