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第一級の賢聖士  作者: 松木 希江琉
第2章 最初の廊下
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第25話 時計の気持ち

田舎だが伝統ある高校に進学した安楽土あらと せい

色々あって結局帰宅部に収まり、友だちもできて1年が過ぎようとしていた3学期のある日、いつものように友達の斉藤さいとう 高志たかしと購買で買った昼食とともに空き部室に行くと偶然あるものに気づく。

それは表紙全体が薄茶色に変色した大正時代の化学の教科書だった。

何気なく手にとってみると、小さなノートのような切れ端に複雑な化学式のようなものが書き記してある。それをまじまじと見ていた次の瞬間---。

店の敷地を出ると、そこは閑静な住宅地だった。公園があり、子供たちが楽しそうに遊んでいた。高台には大きく立派な建物がいくつも並んでいて、豪華な門が見える。大学だろうか。


美姫が周囲を眺めながら言った。

「ここは…確かあの絵画に関係ある場所に近いところよね。この付近の家が何らかの理由で火事に見舞われる、ということでいいのかしら。」


「そういうことですね。ただ前回と違って現場を特定できる要素が少ないです。現在進行形で家が燃えていれば特定も容易ですが、僕があの絵から言えるのは夜に起こっているということ、消防などの様子は描かれていなかったのでまだ到着前の可能性が高い。それに気になる右後ろの影、の3つの要素しかわからないですね。もう少し観ておけばよかったな…。ノノカ、もうあの絵って観れないよね?」


「観れないことはない、というのが正しいかな。あたしたちが絵画に入るときにボタンを押すけど、そのときに絵のデータが自動的に青のA-SHOCKに転送されるのよ。ただそれを再生するには2通りあって、1つは2D画像としてA-SHOCKにフォログラム再生してもらう。もう1つはA-SHOCKからBluetoothでデータを送ってコンピュータで3D画像として再生する。ただ前者はA-SHOCKに拡張機能が必要だし、後者はパソコンに再生する専用のアプリが必要なの。」


「じゃあその拡張機能とか、アプリを手に入れればいいんだよね?」


「それがそんなに簡単じゃないのよ。」


「どういう事?」


「安城先生から使い方教わってると思うけど、今は支払いにしか使ってないでしょ?

A-SHOCKは実は高度な技術で作られているマイクロボット、と言われる感情を持った時計なのよ。なのでまずA-SHOCKに認められないと拡張機能やデータ転送が使えないの。」


「あぁ、確かに。先生が『好きな愛称をつけてあげると喜ぶかもしれん』って言ってたね。そういうことだったのか。やっておけばよかったな…。今やってもすぐには無理だよね?」


「うん、どうだろう。ちなみにあたしは研修で使ったけど、めっちゃ嫌われて支払いもチャージもできなくなった。」


「えぇ…、何やったらそうなるんだよ…。」


「全然言うこと理解してくれないし、通じても生意気なこと言うから鍋で茹でてやったの。」


「そりゃあ嫌われるよね…。さすがノノカ。」


青とノノカのやり取りを半ば呆れながら聞いていた美姫が会話に入ってきた。

「でもまず名前はつけてあげたら?感情があるなら最低でもそのぐらいはしておこうよ。今は使えなくてものちのち使えるようになるでしょう。」


「そうですね。なんて名前がいいですか?僕そういうの結構苦手で。」


「そうね…、例えば “しょっくちゃん”」


「あたしはさっきも言った通りめっちゃ嫌われたから参考にならない思うけど、“うでのすけ”」


それを聞いた青は口に拳をあてて(この2人、僕よりセンスない…)と考え込み、同時に美姫もノノカも「う~ん…」と言って考え込んだ。


しばし時間が経ってから青が

「2人の案も捨てがたいんですけど、馴染みが出るようなって考えると、人の名前がいいと思います。ノノカ、A-SHOCKには性別ってあるの?」


「あるよ。訊いてみれば?」


「そうだね、それが一番いいね。『あーしょっく、きみは男性?女性?』」


文字盤にギョロギョロ目玉が現れると

「こんにちは、マイケル。私は男性です。」


「マイケルって誰‼(怒)」


「青、怒らない怒らない。まだ自分の名前も教えてないでしょ?デフォルトではみんな“マイケル”なんだよ。理由は知らないけど。まずは自分の名前から覚えてもらわないと。」


「そ、そうだよね。あーしょっく、僕の名前は“セイ”だ。呼んでみて。」


「わかりました。“セイ”。データベースを更新します。しばらくお待ち下さい…。更新しました。これからよろしくお願いします、セイ。」


「おぉー!なんか賢い!嬉しい!じゃあ早速きみの名前を……。どうしますか?(汗)」


「私の名前は“どうしますか?”でよろしいですか?」


「いや、そうじゃない、ごめん。きみの名前は…“ハル”だ!」


「“ハル”ですね。わかりました。初期設定を更新します。しばらくお待ち下さい…。更新しました。」


「よかった、認識してもらえた。じゃあハル、早速だけどこの部屋の絵画を観せて。」


「セイ、それはまだ早すぎます。私達は名前以外何もお互いのことを知りませんから。もう少しお話しましょう。」


青は(これかー!付き合う前のカップルじゃないんだぞ!ノノカの気持ちがわかった気がする!確かに腕時計に言われてると思うとちょっとムッとするな!)と心のなかでつぶやくと

「美姫さん、ノノカ、ちょっとハルと話してくるからそこの公園で待ってて。」


「どこに行くのよ?あんまり時間かけちゃだめだよ。」


「わかってる。考えがあるから10分だけ。すぐ戻るから。」

と言って青は走って近くのスーパーに入っていった。


残された2人は公園に向かいながら

「スーパーに入っていったけど何するんだろうね?まさかアイスクリームで仲良くなろうなんて思ってないよね?」とノノカ。


「それはないでしょう。ハルは食べられないもん。そんな馬鹿げたことにお金使わないと思うわ。」


10分ほど経つと青は公園に現れ、さっきとは打って変わってハルと仲良さそうに話していた。ハルも今までのギョロギョロ目玉がほんのりグリーンがかって、声色も優しくなっていた。


「えっ⁉ハルに何したの?」ノノカが訊くと


「これだよ。」と、2人に1つずつハーゲンワッツのクッキーアンドクリームを袋から出して渡した。


青はちょっと自慢そうに

「手っ取り早く男同士の親睦を深めるのはこれでしょ。へへん。渡したのは2人の分だよ。食べて。」


美姫とノノカは唖然として開いた口が塞がらないようだった。


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